みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

母と私の間には、去年と異なる溝がある。


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【📍こちらはブログのトップ記事として固定しております】

 

 

 こんにちは。

 2020年12月19日より他媒体から「はてなブログ」へ移行してきた、芳−hana−といいます。

 

 主に日常の出来事やそのときに感じたこと、持病についてや本の感想などをこれまでアップしてきました。こちらでも同様に、日々の記録を書き留めていけたらと思っています。

 

*****

 

 「はてなブログ」へ移行するにあたっては、自分が前媒体で掲載してきた記事に改めて目を通してみました。その中でも気になったというか、心に引っかかった記事があるのです。それは、自己紹介文として載せていた下記のもの。

 

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 これの何が引っかかったのかといえば、記事をアップした昨年2019年11月時点と2020年現在における感覚の“溝”というか、綺麗な話としてまとめようとしているところに違和感を覚えたのです。

 不登校精神疾患のくだりにではなく、タイトルにまで表記している母との関係性に対して……。

 

「私はもう大丈夫」

 

 母にそう言えるような人間になりたい。

しかしその一方で、常々抱えてきたのは、、、

 

──私は母より幸せになっていいの?

 

 という疑問。

 

 母としての面だけではなく妻としての面でも大変な道を歩んできた彼女だから、同情してしまう部分があるのです。自分のことは棚に上げて「可哀想なひと」という目で母をとらえている自分に気づいたとき、おのれの醜さを知りました。同時に家族へ他人に向けるような猜疑心を抱くことがある自分にも。そしてそれは今に始まった話ではなく、幼いころに芽生え始めたものだから、思っている以上に私の中で根深い問題になっていたんだな……と母と一緒にいる時間が増した今年になってわかったのです。

 

*****

 

 もう30過ぎた大人なんだし、「家族が」「親が」とこだわる必要はないのかもしれません。

 だけどお互いに傷つけあって支え合ってきた時間を共有しすぎたぶん、「借りがある」みたいな負い目でさらに複雑な気分になっていくのです。

 

 私がいなければ母はもう少しラクに生きられたのかもしれない。私が生まれてきたことが我が家の「負」にあたるのかもしれない。私がいなければ、私がいなければ、私がいなければ──。

 

 軽口をたたいてるだけであっても、深く傷ついてしまう。まるで他人に言われたかのように、血の通わない冷酷な言葉に聞こえる。そんな記憶はたどれば幼いころからあって、どこへ行けば心から安心できて大の字になり眠れる場所があるのか、これからもずっと探し続けるのかもしれません。

 

*****

 

 っていうか、おい。

 移行後にはじめてアップする文章がこんなに重くていいのかっ((((;゚Д゚))))⁉

 すみません。目にして憂鬱になった方々、すみません。

 

 でもブログを掲載する媒体を変えようと決めたのは、こういった根っこにある部分を吐き出したいと思ったからです。

 自分を客観的に見るのは難しいことですが、一度その場で作り上げた空気を崩さなければ書けないような気がしました。

 

 もちろん、毎回重い話題を綴っていくつもりはありません。花の写真を撮るのが好き♡という可愛らしい趣味だってあるんですよ₍₍ ◝( ゚∀ ゚ )◟ ⁾⁾テヘッ

 

 さあて、今年も残すところ約2週間!

 来年に残したくないものは、ビリビリ破って捨てていこう。

 

満たされ、欠ける。

 

 年が明け1月の1週目から、2ヶ月ちょっとお休みしていた福祉作業所への通所を再開した。

 言い表しようのない緊張、不安、恐怖………やはりそれに「慣れる」感覚は訪れない気がする。

 作業をしているときは辛うじて気を紛らわせられても、朝室内に入る瞬間や始業時間までの手持ち無沙汰な時間が苦痛でたまらないのには、変わりがない。たった3分の待ち時間でも、毛布を被り隠れていたくなる。

 

 通所再開するにあたり、いろいろ懸念していた部分はあった。以前ココに書いた問題が、未だに納得いっていないままだからだ。

 

 

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 

 もうどうでもいい、とは思えない。思えないけど蒸し返したところで、いいことは何もない。自ら居づらくなる状況を生み出してしまうに過ぎないなら、割り切るしかないのだろう。

 

 ちなみ今のところ、当該職員とは目も合わせていない。もちろん話すこともない。さっと行ってさっと帰る。これだけで精一杯。復帰2日目には、建物内に入ったと同時に職員の声が響き渡っていたためすぐさま外へ逃げ出した。相手に見つかったら死ぬ、くらいの恐怖に身体が拒絶反応を起こしていた。

 

 が、とりあえず通えている。

 職員と接触したらどうなるのかは「未知」ではあるものの、通えている。

 昨年の出来事を思い返すと再び「ブチッ」と糸が切れる音が聞こえてきそうだから、極力思い返さない方向でやっていこう。

 やり直せるなんて思ってもいなったのに、「通えている」事実があるのだからそこは「よしよし」と1日の終わりに「出来たこと」を認めてあげようじゃないか( ー`дー´)

 

✽✽✽✽✽

 

 作業所に復帰できたし、まだ出品数は少ないもののメルカリで商品も売れてくれているし、読書やYou TubeNETFLIX(身内が契約してくれているため見れる)を楽しんでもいるし、何だかんだで充実しているように見える生活。

 

 なのに、からっぽな感じがする。

 するすると風が心の穴を吹き抜けていく。

 足りない、埋まらない。一体何が?

 

 たとえば、このブログを始めたときに比べたらかなり立っている場所が変化したと思う。だけど、何ら変わりのない日々にも思う。

 楽しくないわけじゃない。新しいことを始めたら始めたで、もっと違うことを始めたくなる。常にスタート地点に戻りあれこれ悩んでいるのだ。それって全然悪いことじゃない。悪いことじゃないんだけどさ、「私」が邪魔をする。毎日同じ顔を鏡で覗き、「やっぱり私は私のままなのか……」と。

 

 新鮮な空気に触れても、感動しても、悪化していく身体のアトピーを見て、痒みを抑えられず搔いてしまった皮膚を見て、またスタート地点に戻ってしまった……とこちらはあまりよろしくない意味のスタート地点へ戻ってしまうのである。

 また、昨日なんかは朝から家に業者の人が出入りしている状況に心臓が口から飛び出しそうになった。変わっていない。そういうところは。人が怖い。ドックンドックン脈打つ音に耐えられず、いつもより早く家を出て作業所へ向かった。

 

 相変わらず、な問題が立ちはだかっているから、喜ばしいことがあっても数分後には「調子に乗るなよ」と背後から睨みつけている自分がいる。

 

 しかし最近いい買い物をした。

 いつだったかGetしたAmazonギフト券1000円分。何に使おうか悩んでいた結果、このたび保湿クリームを購入した。

 

 

 

 

 まさか30過ぎてからぶり返すとは思っていなかったアトピー性皮膚炎。保湿が大事だと聞き、1000円オーバーではあるものの「エイヤ!」とポチった。身体全体に塗るためには、このくらいの容量が欲しかったのである。

 たかが保湿クリーム、と正直ポチったときには思っていたのだが、使用してみると「保湿クリーム様々✨✨✨」と崇めている自分がいたのには驚く。

 風呂やシャワーからあがり水分をタオルで拭き取るなり、すぐさま全身に保湿クリームを塗るようにしてから、肌の状態がいい感じになった。もちろんアトピーが保湿クリームで治るわけではないのだけれど、こんなにも乾燥が肌にとって敵だったのかを思い知ったのである。今まで放置していてゴメンと我が身に深々と謝罪したくなったほどだ。

 

 精神と身体。

 うまくバランスが取れたらいいのに。

 ひとつ満たされるとひとつ欠ける。

 ある意味これがバランスなのか。

 肌の調子が良くなったら次は何が欠けるんだろうって、こういう考え癖が抜けないから心の穴を風が吹き抜けていくのだろう。

 

 

 

 

コイントスからの渋谷。

 

 急遽、お昼から渋谷へ行ってきた。


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 もう行くことはないと思っていたけど、重い腰を上げるきっかけが出来たからだ。

 

 

 はい、コイントスをした結果が「行った方がいい」だったのです。

 まさか本当に行くのかなあ、と半信半疑のまま化粧をしていた私は、渋谷へひとりで行ったことがないため大層恐怖を抱いおりました。

 

 改札を出た瞬間、眼前で暴動現場に立ち会うのではないか、四方八方からあがる奇声に身体が硬直して帰ってこれなくなるのではないか、無差別に銃で撃たれるデスゲームが始まるのではないか(ただいま母が「今際の国のアリス」にハマっており、ちょうど化粧をしていたときに山崎賢人くんが渋谷を爆走していた)……etc.「渋谷=怖い人がいる」という満ち満ちた偏見が拭いきれないのである。

 

 その上、ヒドイ方向音痴が恐怖を後押しするのだ。ていうか、結局は方向音痴が外出時におけるすべての元凶な気がしている。。。

 

✽✽✽✽✽

 

 5年ぶりに降り立った渋谷駅。

 家を出る前に、抗不安薬を2錠飲んだ。ポケットには2種類の抗不安薬を入れておいた。

 ハチ公前の改札を出ておきながら、ハチ公など目に入らない。一目見ておこうと行きがけに考えていたことすら吹き飛ぶ。

 自分が歩いている横断歩道が、あのスクランブル交差点だとも気づかずに歩いた。

 とりあえず交差点の先に見えるマツキヨとみずほ銀行を目指し歩く。

 大概「駅から徒歩2分」などと店舗のサイトに記載されていても、方向音痴を炸裂させたら15分はかかるオンナだ。今回も……と懸念していたら、ヴィレッジヴァンガード渋谷本店へは本当に2分くらいでたどり着けた。

 

 ホッとした。

 ミッション完了できた。

 無事に「オウマガトキFILM✕伊藤潤二」のコラボグッズを注文してきた👌✨

 お店で対応してくれたのが女性店員さんだったのも、ホッとした。お店でグッズを注文すると(5000円以上の購入で)、1月下旬に開催されるイベントの抽選券が貰える。それに対する説明などをとても丁寧にしてくださった。

 事前に「男性店員がそっけない対応だった」という話を耳にしていたため、不安だったのだが杞憂に終わった。ありがたや〜♪

 

 そして、用件を済ませるなり寄り道など一切せず帰宅したのである。渋谷滞在時間約10分!

 

✽✽✽✽✽

 

 昼と夜では、渋谷も顔を変えるだろう。

 渋谷に限らず、夜はどこの街も怖い顔に見える。

 でも、思うほど昼間の渋谷は怖くなかったのを確認し(滞在期間たった10分だけど笑)まだ一度も足を運んだことのない場所へも行けそうな自信を持てた。

 行きたいイベントがあっても、「無理だな」って悩むまでもなく諦めていたから。

 

 さて、オウマガトキさんのイベント抽選結果はどうなるかなあ🙃

 

 最近くじ的なものをしていなかっただけに、ドキドキワクワクする。楽しみがあるっていいね。

 

✽✽✽✽✽

 

★ドハマりしているYou Tubeチャンネル「オウマガトキFILM」はこちらから(心霊系が苦手な方にはおすすめしません。トラウマ級に怖いです👻)⬇

youtube.com

 

NETFLIXにて1/19から伊藤潤二先生のアニメが配信されます⬇

www.netflix.com

 

「悔しさ」がこんなに尾を引くのは、人に関心がある証でもあるのか。

 

 ブログの投稿の仕方を忘れてしまったわけではない。

 最後の更新が10/31で止まっているのを頭の隅で意識しながら、文字にする気力がまるでなかった。

 

✽✽✽✽✽

 

 こんにちは、久しぶり、芳-hana-さん……私のブログ。

 前回上野まで出向きながら、休室日で入れなかった「岡本太郎展」は、11月にしっかり鑑賞してきましたよ👍

 

 

 で、締めたいところだけれど、このときも失態をおかしてしまったことまではTwitterには記していない。

 実は、全フロアを回りお土産コーナーも満喫し、美術館を出たところで「( ゚д゚)ハッ!」と広げた両手を見た。

 美術館へ入る前に暑くて脱いだジャケット。鑑賞している間もずっと腕にかけていたのに、なくなっている!のに気づいたのである。

 

 すぐさま回れ右をし、再び入館。

 スタッフさんに展示会場内でジャケットを落としてしまった旨を告げるなり、インカムで他のスタッフさんとやりとりをしてくれている姿を見ていたら、己へのあまりの恥ずかしさに血の気が引くどころか熱を放ち始めた身体の血液の循環がいつもより1.5倍速になった感覚で汗が止まらなかった。

 

 お土産コーナーまでは確実にジャケットを手に持っていた記憶があったため、最後の最後の方で気が緩んだのだろうと推測。

 落とし物の連絡がどのフロアからも入っていなかったようで、「もう一度中に入られて確認されたいですよね?」と気を遣い再び展示会場入口へスタッフさんが案内してくれようとしていたところに、見覚えのあるジャケットを近くにいた警備員さんに手渡している来客者の姿が見え、「あ、あれです!」と私はスタッフさんと一緒に駆け寄って行った。

 推測は当たっていたらしく、展示会場出口付近の椅子に置かれていたらしい。って、そんな推測が当たったところで何なんだよ(;´Д`)と思うばかりだった。

 

 あの節は、お手数おかけして申し訳ありませんでした。改めてスタッフさん、ジャケットを見つけてくださった方にお礼申し上げます。

 

✽✽✽✽✽

 

 岡本太郎展リベンジへ行った11月は、3箇所の福祉作業所を地域生活支援センターの担当者さんと見学しに行った。

 

 理由は、現在長期休所中の作業所に復帰できる気がしなかったのと、他の作業所を見学したことがなかったために一度目にしてみた方がいい経験になるのではないかと担当者さんと相談した上での見学だった。

 

 今年の下半期がこんなにガタガタ崩れ落ちるような日々になるとは、予想だにしていなかった。

 なぜ作業所を休んでいるのか。書いていいのだろうか。具体的ではなく、簡潔に記せば職員の言動に傷ついた……というより悔しくて悔しくてたまらなかったからだった。

 

 9月の出来事。

 職員の対応に最初は何が起きたのかわからず、頭の中が真っ白になった。傷ついた感覚もなくただただ「恥」の感覚が身体中を駆け巡り、少し時間が経ってから「私、今傷ついたのかも」と実感した。知らないうちに紙で指を切っていた痛みと流れる血に、後から気づいたような感じだった。

 直後、信頼できる職員の前まで歩み寄って行ったところで泣き崩れてしまった。幼子みたいに泣きじゃくり泣きじゃくり、介抱してくれた職員が場所を移動しようと私を立たせようとするも立てないほどに泣きじゃくった。

 それで終われば、単に「傷ついた話」で終わったのだと思う。

 悔しさと憤りで今も頭が占領されているのは、この後再び私の元へやって来た先程の職員がかけてきた言葉だった。

 

 帰宅してからも屈辱が晴れず、施設長宛に感情的なメールを送ってしまった。

 あまりココに詳細は書けないけれど、9月以前から自分の中では納得のいかない部分が募っていたゆえ、この出来事が私の導火線に火を点けたきっかけとも言える。

 

 施設長、地活の担当者と個々に話し合い、1週間ほど遅れた夏休みを取る方向へ。

 休みを経て通所を再開するも、10月に9月同様、職員の言動に今度は「ブチッ」と限界の糸が切れた。

 その日を境に休所するに至ったわけなのだが、正直なところ「長期」になるとは不本意だった。

 

 施設長へメールで経緯を説明したものの、「障害を理解してほしい人」みたいに受け取られたのも納得がいかず更に悔しさが増していった。

 

 時間が経てば「そんな出来事もあったね」と笑える日が来るかと思えば、そんなことはまるでなかった。

 人に対してここまでの悔しさや憤りを覚えるなんて、過去を振り返っても事例を引き出せない。だから私自身も困惑している。

 

 他の作業所を見学したものの、地活の担当者さんから「戻る選択肢はないですか?」と訊かれた。あまりにも私が「悔しい」を繰り返すから、担当者さんは「悔しいのに去るなんて、もっと悔しくないですか」という意味で言ってくれたのだと思う。

 戻るか戻らないかのやりとりを面談で何回かしたのち、「(某)職員がいる空間に入ったとき自分がどんな反応を起こすかわからないから、戻れるとは断言は出来ません」と応えた。本当に未知で恐ろしいのだ。この「未知」な感覚が、人に伝わりにくのだろうとは私も理解している。だからといってここで、「私は過去にこういうトラウマがあって……」と言い始めたら、また「障害を理解してほしい人」と本来伝えたい思いとは違う解釈をされてしまうのが嫌だった。

 

 障害者としてではなく、芳-hana-として私は今回屈辱を覚えたのだ。

 それがいつかのトラウマと重なったらどんな反応が起きるのかわからない。シミュレーションをしてみても、まったく未知なのだ。泣き崩れるに留まるならまだしも、この口から罵詈雑言が放たれるかもしれない。暴れだすかもしれない。逆に、意外と割り切ってしまえるかもしれない。

 

 とりあえず、来月復帰することは決まった。ずっとじゃない。半日行って様子を知るだけ。

 しばらくこの問題を考えず趣味に没頭していたけれど、久々に考えたら頭がガンガンする。頭痛持ちじゃないのに。やはりまだ私は「屈辱」の中にいるのだと思い知り、来月が心配になってきた((((;゚Д゚))))

 

 ちなみに某職員は今年入ったばかりの方なので、慣れない中で試行錯誤しながら業務にあたっていたのはちゃんと見ている。優しい方なのも知っている。これだけはしっかり書いておきたい。決して、私はこの方を毛嫌いしているわけではないのだ。

 

✽✽✽✽✽

 

 さて、今年も終わりますねえ。(急に話のトーンを変えるな笑)

 You Tube漬けの年末年始になる予定です。好きな心霊系チャンネルで、ぞくぞく動画があがるんでね。

 ダラシメンホラーチャンネル、LOLくりえいたーず。、オウマガトキFILM……👻

 

 それから、今月からメルカリを始めました!

 始めてみたい思いはありつつ、「未知」には腰が引けるもので……でも、思い切って登録してみたのでよければ覗いてみてください⇩

https://jp.mercari.com/user/profile/244652838?utm_source=android&utm_medium=share

 

 ではでは皆様、良い年を迎えられるよう体調第一に年末をお過ごしください💖

 

上野奇行(仮)


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 上野へ行ってきた。

 今月初旬以来更新していなかったブログ。月末に「上野へ行ってきた」と打ち込むなどとは、初旬の私も想像していなかっただろう。

 現在、福祉作業所を長期(予定)で休んでいる。

 これも想像していなかった。

 何が起こるかわからない。諸々の事情により、壊れてしまった。涙腺と心が。

 

✽✽✽✽✽

 

 いつぶりだっただろう。上野。

 目的は岡本太郎展だったが、月曜日は定室日なのだそう。


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 それでも近くにいた警備員さんに改めて確認する。当然ながら「月曜日はね、休みなんですよ」と。で、「あの場所から見えるモニュメント、写真撮っていく方多いですよ」との助言をいただき、私も辛うじて2階の窓越しから見えるモニュメントをパシャリ。


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 中に入れなかったのは残念ではあるものの、またここへ来る理由が出来た。

 ──生き延びれる。

 そんな気がした。

 

✽✽✽✽✽

 

 その後、上野東照宮不忍池にある辯天堂へ。


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 本当に、いつぶりだったのだろう。

 数年の時を経ても、上野は上野。

 私が個人的にひきこもっていた間も、新型コロナがどうのこうのあっても、人の流れはどの街にもある。

 

 帰りには上野御徒町駅障害者手帳を提示し、都営の乗り物が無料になる定期券(PASMO)を更新してきた。

 手帳を取得し10年経つが、この定期券を申請したのは新型コロナが到来する直前の2019年秋がはじめてだった。使用期限は2年間のため、2021年秋の時点で定期の期限が切れていたが、都営の乗り物を使う機会がまったくないままに放置していた。

 

 これからの2年はどうなるのだろう。

 使う機会があればいい。あってほしい。

 外へ出る恐怖は相変わらずある。だけど、もっともっと外へ出たい気持ちがある。今日わかった。わかったんだ。

 

✽✽✽✽✽

 

 電車内では、燃え殻さんの小説『湯布院奇行』を読んだ。


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 抱える連載、追われる締め切り、世の中の評価……プレッシャーを背負う物書きの主人公。あるとき満員電車の中で、ついに限界を迎える。そして死にたい気持ちが浮かび上がってきた彼は、とある人物とのやりとりをきっかけに大分の「湯布院」へ足を伸ばすことになる。そこで辿り着いた先が、なんとも妖しく奇妙な宿で……。

 

 小説を読みながら、かつて毎日乗り降りしていた職場の最寄り駅を通過した。

 満員電車の苦痛もさることながら、私鉄からJRに乗り換える際の改札に溢れる人、人、人の波を目の前に「地獄絵図」と毎回心の中で呟いていたのを思い出した。

 

 あれだけ人が押し寄せる場面をクリアし、職場へ着けば今度はパソコンとのにらめっこが始まる。人が疎ましいのか人が恋しいのか、感覚が麻痺してくる日々の連続。

 

 社会人をリタイアし、ひきこもったのち福祉作業所へ通所するもそこでも躓く自分。

 先週までは、今度こそ立ち上がれないかもしれないと覚悟していた。

 

 けれどそうでもなかった。

 

 どうして「居場所はココしかない」と決めつける必要があったのだろう。だって幸いにもやりたいことは山ほどある。絵を描きたい、刺繍をしたい、機織りをしたい、切り絵にも挑戦してみたい、読みたい本もまだまだある。

 

 「◯◯したい」を叶えていけばいい。

 そのひとつに「岡本太郎展には絶対行きたい!」があった。一般の場合チケットは予約制なのだが、障害者手帳を所持している場合は直接窓口へ行ってよいとのことで行ってみたら休室日だったわけである。

 

 笑ってしまった。

 ちゃんと確認しろよ!と己に突っ込みつつ、また来れるぞと嬉しくなった。

 12月まで開催されている。

 また近いうちに行こう。もちろん月曜日以外の日に。

 

 

行き着く先はもうない、なんて思うものか。

 

 こんばんは。

 またまた、前回の更新からなんやかんやあり孤独の極みの只中にいます。

 

 自分が最終的に行き着く先って、今いる場所しかないと思っていた。

 結局どこへ行っても同じ壁がはだかり、私はそれを乗り越えるよりも壁の影に隠れて周りからの死角に佇むので精一杯な気がしていた。

 

 そのくせ「寂しい」ってつぶやいたりする。

 特に喋りすぎた翌朝とかに。

 ECHOESの「ZOO」の歌詞は、どれも自分だ。

 「愛をください」ってつぶやいたら、どんな顔をされるだろう。。。

 

 

✽✽✽✽✽

 

 

 打ち破りたい。

 脱皮したい、本当は。

 そのあとで微笑みが似合うひとになりたい。

 

 空回りばかりしてしまう。私自身が疲れていても、相手の疲れた顔を先にどうにかしたくなる。それは優しさからくるものではないよ。怖いからなんだ。疲れた顔、不機嫌な声。いちいちビクビクする自分の弱さ。で、機嫌を取ろうとして空回りする。

 

 だからもう周りなんて微塵も気にしなければいいという答えに行き着き、自ら孤独を選んできたのだろう。寂しいのは当たり前の結果なのだろう。

 

 何度繰り返してきたか。

 そして、少しでも環境が変わればこれまでの自分の立ち位置やキャラもリセットされ硬直する癖。

 

 しがみついてやろう。

 そんな自分が悔しいから、しがみつけるだけしがみついてやろう。

 最終的地点はココじゃない。

 選択肢はある。

 空いた時間で情熱を傾けるんだよ。傾けたいものに、傾けるんだよ。

 ココを最終的地点になんてするものか。

 

 機嫌を取るために人の顔色を窺うんじゃない。本当に疲れている人を救うために、少しでも肩を軽くできるように、私はそのために他人の顔色を見極めたかったはずなんだから。

 

 

 

 

#dawn813

 

 こんばんは。

 最後にブログを更新したのは、8/28。

 なんやかんやてんやわんやあっての、8/28。

 

 メンタルが崩壊していたのは、6〜7月にも記している。

 

yoshi-mi.hatenablog.com

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 福祉作業所での昼休憩が苦痛だといった内容なのだけれど、実はそれだけではなくいろいろあった。

 その「いろいろ」を書けるなら書きたいところではありますが、通っている作業所や他人のプライバシーに関する問題もあり記せません。

 

 ただただ、寂しさでどうにかなりそうだった。いや、実際どうにかなっていた。毎日涙が止まらない。「寂しい」と口にしては、ボロボロ泣き出すオンナに周りには大きな困惑を与えたと思う。申し訳なかった。。。

 

 しかしこうやって感情を爆発させたおかげなのか、徐々に冷静さを取り戻せている現在。

 今週の心療内科受診では、地域生活支援センターの担当者さんが診察に同席してくださりました。本日も話を聞いてもらったし、私からも担当者さんに訊いてみたかった質問をしたり。

 作業所も当分は午前中のみの通所に変更した。通い始めたころのようなペースに戻ってしまったこと、今は悲観しないようにしたい。

 

✽✽✽✽✽

 

 9月14日(水)の朝方。

 作業所へ向かう支度をしながらスマホで聴いていたのは、ナビゲーターが燃え殻さんのラジオ番組「BEFORE DAWN」。(本来は火曜日の26時が番組の放送時間)

 

www.j-wave.co.jp

 

 番組前半では燃え殻さんのエッセイ『すべて忘れてしまうから』がドラマ化するにあたり、その監督・脚本をなされた岨手由貴子さんとの対談が繰り広げられていた。

 ディズニープラス配信であるため契約しないと観れない悔しさを募らせながら、対談後に始まったリスナーからのメールコーナーに耳を傾けていた。

 

 燃え殻さんへの質問が続くなか、最後に読まれたメールはTwitterでつぶやくような内容の独り言だった。「寂しいです。ひたすら寂しいです」と送信主は訴えている。

 確かラジオネームは「ハナさん」と燃え殻さんが紹介していた。

 

 あっ──。

 

 気づいたときには、鼓動が激しくなっていた。あわわわわわわわっ!とヨッシーみたいな鳴き声を出しそうな勢いで立ち上がったり座ったりを繰り返し、「このハナさんって、私だ!」と叫びたい気持ちを抑えるほど身体が熱をおびていった。

 

 びっくりした。

 読まれる可能性はゼロに近いと思い、送信したメールだったから。

 私の記憶が確かならば、送信したのは8/27だった。まさに寂しさMAXだった時期である。

 こんな独り言を送ったところで、弾かれるとしか思えなかった。それなのに送ったのは寂しさMAXで気持ちのやりようが見つからなかったのと、昼休憩のツライ時間帯に「夜のまたたび」だけではなく「BEFORE DAWN」も聴いて心を落ち着かせていたからだった。

 

 昨日改めてラジオを聴き返した。

 燃え殻さんが助言してくれた言葉を手帳に書きとめ、何度も読み返した。

 

 自分は愛されるような人間ではないと幼い頃から考えてきたことに対し、「自分で決めなくていいかもしれないです」「最初に自分を許してあげるのは、自分だと思う」と言ってくださった。

 文字に書き起こしたら手帳の1ページが埋まった助言。

 

 もしもこのメールが先週や先々週に読まれていたら、私はこんなにありがたい助言さえ受け止められなかったんじゃないかな。

 送っておきながら何を言うんだって思われるだろうけれど、ホントに人の言葉が頭の上を滑っていくほど冷静さが欠けていたから。

 

 何度も「過去は過去の出来事」と主治医に言われるたび「はい」と返事はするものの、「そりゃあ、そうなんだけど。分かってはいるんだけど、そう簡単に割り切れるもんじゃないから苦しいんです」みたいに胸の内でいつもねちねち嘆いていたのに、今週に入ってから明らかに心境の変化を感じ取っていた。

 

 だから今週の診察でも同じように「過去は過去」と主治医から言われた言葉を素直に「そうだな」と受け入れている自分がいたり、燃え殻さんの言う「自分を許す」も「そうなんですね」とスッと心の奥に取り入れられた。

 

 すごいタイミング。

 ありがたいタイミング。

 なんなんだろう。そういう、ベストタイミンに時折巡り合う。振り返ればすべてがベストタイミングで、あの道この道へ導かれていたのかもしれないって感じるときもあるにはあるよ。

 だけど、それをリアルタイムで受け止められるのは稀な気がする。

 

 嬉しかったです。

 心から嬉しかった。

 メール、拾ってくれてありがとうございました。読んでくださりありがとうございました。

 また気持ちが落ちる時期がやって来ても、這い上がりたい。来週もまた次の週も、ラジオを落ち着いた心で聴きたいから。


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もういいよ。

 

 秋の虫の音が響く夜。

 いかがおすごしですか?

 

 5〜6月くらいからメンタルが崩れ……最近、ホントここ1週間くらいの話。本音が涙と共に口から出てくるようになった私は、診断されている「うつ病ADHD」よりも根本的に悩まされているのは「アダルトチルドレン」や「愛着障害」、「発達性トラウマ障害」といった類のものなのではないかと実感している。

 

 これで福祉作業所へ行けなくなったらまた同じことの繰り返しだと思い、地域生活支援センターの担当者さんに、今は頼りに頼っている状態だ。

 こんなに人に頼るのもはじめてで、信頼を抱くのもはじめてかもしれない。

 

 これを打っている今も苦しい。っていうか、寂しい。たまらなく寂しい。ずっとずっとそうだった。心細かった。

 もう、それを誰に打ち明けたって構わないよ。私が号泣してるの、8月中に作業所の職員さんには見られまくったから。笑

 もういいよ。

 文字だけじゃなくて、本音を口にも出していくよ。