みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。日記、病気関連の話、散歩中に撮った写真など更新中♪Twitter→(@yoshi_mi24)

あゆがいてくれた。〜1998年〜

 1998年4月8日。

 いまから23年前の今日は──。

 浜崎あゆみさんが1stシングル「poker face」で歌手デビューした日だ。

 

 当時の私は中学1年生だった。

 

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明日いいことあるかもしれない

 朝家を出るなんて当り前の生活だったのが、いつからかまだ空が暗い間にゴミ出しするだけの縁遠い時間帯になっていた。

 だから今日は空が明るい早朝に風を浴びて、走馬灯のようにいろんな場面を思い出していたんだよね。「頭が」ではなく「身体が」よみがえらせてくれた感覚だった。

 

 

 せっかく新鮮な気分を味わったにもかかわらず、明日のことを考えるとたちまち曇りだすからやりきれない。雲の切れ間を探し当てられない時間は、氷が張った湖の下でもがいているみたいだ。息ができない。

 

 安定剤を飲んでようやく落ち着くけれど、これは安定剤の成分による落ち着きなのか、安定剤を飲んだ安心感による落ち着きなのかいまだにわからず。

 全然苦しくはないのに、「吸入し忘れた!」と気づいた途端に喘息の発作があらわれ始めた経験が子どものころに幾度とあった。こういうとき、自分は精神的に弱いんだと思い知らされたりしていた。


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 気持ちを切り替えるために、音楽を聴こうとウォークマンを起動させる。とびきり明るい歌を聴きたい気分にはなれくて、選んだのはAKB48「Green Flash。リピートさせて聴いている。



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 思いっきり泣いたあとで、少し前向きになれる歌。「明日いいことあるかもしれない」って。みなさんにも、明日いいことあるように願うよ🍀

 

 ところで私がブログで紹介する歌…最新のものが一曲もない(´ε`;)

 悲しいかな、時代が止まっている。

誰か時代を進めるお手伝いをしていただけないでしょうか(笑)


 

生きることにすがりついていたい。

 こんばんは。

 夜になってようやく元気が出てきたハナと申します。

 

 この1ヶ月ずーっと同じことをウダウダ悩んでいました。いや、現在進行形だ。悩んでいるんです。

 簡潔に言えば、金銭面の問題なんですけどね。そういう星に生まれたんかな。金銭面で悩み倒す星の下に…ってくらい、かつてから悩みの種ではあったんです。

 「かつて」に関しては、主要人物が父親になるのでいつか『月末恐怖症(仮)』として『父と借金編』『父なんでもリボ払い編』の2編をお届けするとともに愚痴を垂れ流したい所存です。

 

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 っていう企みはいまは頭の片隅に置いておくとして、、、現在の生活をどうすっぺ!? 問題にゆれています。

 

 カウンセリングを受けていく中で、週に何回か通えるような場所または施設を紹介してもらい、人との交流に慣れつつ仕事を探していくといった流れを理想としていました。

 

 流れを重視するだけ時間や金銭面に余裕があったのかと言われれば正直なかったのですが、これまでに経験したうつ状態と今回のうつ状態はなんだか違う…。以前ならばちょっと元気になればすぐに就活を始める、良い悪いどちらの意味も含んだ前のめりさがあったのに、今回はまったくそれがありません。

 

 エンジンがかからない。かけたくないのかも。もうかけるのが怖いからでもあるし、かけてなんの意味があるのかわからないからでもあるのかな。

 

 虚しさが先回りします、何事も。かといって「何もしたくない、はやく消えたい」は本音である反面大きな嘘なんですよね。消えるタイミングならいくらでもあったんだから。

 

 ただただ消えいだけなら、ブログなんて書かない。日々を書き留めておこうとかそんな七面倒な作業はしないはず。

 生きることにすがりついていたいから更新せずにはいられなくて、受け入れられないおのれの顔が幾面も存在するから投稿するかを迷う文章があったりするんです。

 カウンセリングを受けるのも、心療内科を受診するのも、憂鬱だ憂鬱だって言いながらしっかり難病外来に通うのも、すがりついていたいからだよね?(自問自答タイム)

 

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 ──じゃあ、そのすがりついていたいわけはなんだろう。

 

 一つひとつ、自問自答してみてください。

 浮かび上がっているのに喉につっかえている思いを、本心を、言葉を、感情を、なかったものにしてしまえば、また同じ段差で躓くんですから、あなたは。

 

 先日のブログに、カウンセリングを担当してくださっている心理士さんとは違う心理士さんと面談することになるかも、と書きました。

 

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 その後、面談の日が決まりました。

 今日ここに書いたそのままを伝えてもいいのかもしれない。

 私は生きることにまだすがりついていたいんです、と。

 

 

花びらヒヤリ。

 こんにちは。4月が始まりました。新年度の幕開けですね。

 外を歩けば、桜がひらひら散っています。散った花びらが胸元に降ってきたとき、ヒヤリとしました。その冷たさに桜を見ているようで雪を見ているような不思議な気分になりました。

 

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 そういえば、高校の入学式の日は雪が降っていました。桜の枝に花に雪が積もり、冷え切った空気で張り詰めた体育館にそろった新入生の顔ぶれにビビっていたのは、もう……20年前の昔。

 

 あれから私は変わったし、一周回って戻ったし、変わっていない部分は変わらないままだし。相変わらず過去を引きずり、現在を生きられないアリサマです。

 今日もすれ違う人の視線に勝手に傷ついていました。相手は桜の木を見上げただけだったのかもしれません。私の存在など眼中にもなかっただろうし。自意識過剰なんでしょう。しかしいつから自意識過剰は始まったんでしょう。

 
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 もうこの足は、どこをどう歩んでいけばいいんでしょう。。。

 

 

 

蜂の仲間へ告ぐ。

 夕方一匹の蜂がベランダに出現したことにより一騒動あった。


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 母がベランダで洗濯物を取り込んでいたときのことだ。虫網の中で暴れるトンボの羽音くらいの慌ただしい羽音が、ベランダと繋がった部屋にいた私の耳にも鮮烈にこだましたため背筋が凍った。

 

 とにかく自分は、些細な出来事にも「え"ぇっ、何! 今の何なのぉぉぉ!?」とうざいくらいへっぴり腰でビビり倒す性分である。それほどビビりではなくとも、虫の羽音は生理的に受けつけない方も多かろう。

 

 母も異様なその羽音に、一度窓を閉めた。それから窓を隔てて外の様子を確認した。すると「あれ、蜂よね?」とベランダの床に向かって指をさす。恐る恐る母のもとへ近づき私も窓越しに外を確認してみると、まさに「あれは蜂」だった。

 ミツバチよりは大きく、スズメバチほどではない。いったい何バチなのだろう、と画像検索までして調べようという気持ちもわかない。

 

 ざっと見る限り蜂は一匹しか見当たらなかった。とはいえ、昨年だったか一昨年だったか、近所でスズメバチの巣が見つかり「危険!」の貼り紙がつけられていた木を思い出す。あのあと処理されたらしいが、危険だけは煽っておいて「無事撤去いたしました」等のアナウンスがいっさいないのはいかがなものかと首を傾げた記憶がある。

 

 我が家のベランダに舞い降りた蜂一族の巣が、近くにないとも限らない。もうそれだけで恐怖だった。明日からどうやって洗濯物を干せばいいのか。

 嫌だなぁ嫌だなぁとあわあわする娘の隣で、母は蜂に向かってキン○ョールを噴射するとか言い出し始める。もちろん「やめてぇぇぇ(;´Д`)」と懇願した。そばで蜂の仲間が見ているかもしれない。返り討ちに合うかもしれない。やるなら網戸越しがいいのでは? と提案したものの、却下された。直で噴射すると言う。

 あまりの恐ろしさに、私は廊下へ避難した。母がベランダでキン○ョールを噴射している音が、悲しくもシュールだった。

 

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 その後、蜂は力尽きたようだ。

 どこから飛んできたのかわからぬが、我が家のベランダに舞い降りてきてしまったばかりに…申し訳ない。

 

 思い返せば窓越しで見た蜂は、脚で顔を拭うような可愛らしい仕草をしていた。スズメバチ的なギラギラ感がなく、黄と黒の縞々模様の部分がミツバチのようにふわふわしてもいた。

 思い返せば思い返すほど、申し訳なくなってくる。刺されるのが怖くて先手を打った。先手を打つ強靭さがうちの母にはあった。この母の背に守られていたから、私はここまで生きてこられたのだろう。

 

 どうか蜂には、成仏してほしい。

 そして早急に仲間へ伝えてほしい。「あのベランダには近づくな!」と。

 

 

 

 

まるで異世界


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美しすぎる造形。

見つめているうちに、異世界へ飛ばされそう。


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花びらを口に含んだら、さぞ甘いのだろう。

 

などと想像した散歩道でした。

 

 

キャッシュレス時代の波が届いた。

 いつの間に様変わりしていたのか──。


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 買い物にでかけた先のスーパー。よく利用するスーパー。

 店員がいるレジには列ができていたため、セルフレジの方へと回ったら…おや、なんだか以前の機械とは様子が異なる。

 機械の前に買い物カゴを置いたあとで、急に心細くなった。ていうか、買い物カゴを置く位置がそもそも変わってるやないか。んでもって、その時点で戸惑いながらも置いてしもうたやないか。

 

 心細さは大きな違和感へと傾いていった。居心地の悪さを覚えつつも、咄嗟には引き返せなかった。「セルフレジに戸惑っている人」の空気を醸し出したくなかったからだ。

 いつもの通りカバンからエコバッグを取り出しますよ〜、私は。

 と、いまにも口笛を吹かんばかりの表情で視線をふと上にあげたときだった。衝撃的な文字が目に飛び込んできたのだ。

 頭上にぶら下がったセルフレジゾーンを示す看板に『現金使用不可』とある。二度見するまでもない。刹那に覚った私は、先ほどとは打って変わって回れ右をした。


 

 ──現金使用不可。そうか、この店のセルフレジはついに現金使用不可になってしまったのか…。


 

 キャッシュレス時代の波が届いた、と感じた。

 店前に消毒液のある風景が当たり前になってしまったこと以上に、『現金使用不可』の文字が私の心に荒波を立てていったのだ。

 

 動揺を隠せないまま、帰り道を歩いた。雨上がりの肌寒い空気が涙を誘った。どうしてこんなにも落ち込む必要があろうか。しかし事実、この心は落ち込んでいるのだ。胸が張り裂けてしまいそうだった。

 

*****

 

 セルフレジの前から撤退したあとで私は、すぐさま店員がいるレジに並び直したのだがこちらはこちらで変化を遂げていた。

 商品のバーコードを店員が読み取ってくれるまでは以前と変わらないが、会計だけはセルフレジで済ませるという仕様になっていたのである。会計オンリーのセルフレジでは現金での支払いも可能だ。とはいえ、こういった支払い形態に客側がまだ慣れていないため、あたふたする人が続出していた。

 

 一列に割り当てられる会計セルフレジは2台までらしい。ゆえに、どんなに店員が素早く商品のバーコードを読み取ってくれたとしても、2台ともセルフレジの操作に戸惑ったりして客が支払いを済ませられていない状態だと回転はストップしてしまう。

 効率が悪いように見えるが、すでにこうした形態を取り入れている店ではスムーズに列が流れていっているのだから、これは時間の問題なのだろう。そうやって人々は新しい波を受け入れていく。

 

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 それにしてもいつの間に…頻繁に利用している店だというのに、どの日を境に機械が導入されたのか。

 悲しい。今日まで気づけなかった自分が悲しい。家から数メートル先でドラマのロケが行われていたことにすら気づけなかったときと同じくらい悲しい、とうか間抜けだ。

 

 気づかぬうちに導入された新たな形態。

 『現金使用不可』の文字。

 あたふたする客。

 会計セルフレジが空くまで時間調節のために、スロー動作でバーコードを読み取る店員の手つき。

 

 半年後には、当たり前の風景になっているのだろう。これを機に〇〇payってやつにトライしてみるか!と意気込むご年配もいるかもしれない。

 だけどどうしてこんなにも私は落ち込んでいるのだろう。いつから「変化」を好意的な目線だけでは捉えられない自分になったのだろう。「新しい」ことにワクワクするよりハラハラするようになったのだろう。

 

 ガラケーユーザーの母にスマホをすすめようか悩む。私自身もスマホを使いこなせるように、母とともにじっくり学ぶのもいいかもしれない。