みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

4月9日。

 

 本日4月9日は、ステファニー(愛猫)の命日。

 亡くなって2年経つ。

 昨年は、ステファニーが亡くなる前にベランダで抱っこをし一緒に桜を眺めたことを思い出していた。

 

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 今年は……ごく普通に過ごしたなあ。

 お線香をあげ手を合わせはしたけれど、ステファニーのこと思い出さない日はないから、普段から。

 

 ひとつの命が尽きる瞬間。忘れられるはずがない。その瞬間だけを切り取れば、いたたまれなくなる。ステファニーはうちにやって来て幸せだったのか、それもわからないまま。

 

 ステファニーのことを考えるとき、一緒に過ごした年月を思い出し、そのころの自分も同時に思い出す。ステファニーに対してなのか過去の自分に対してなのか、感傷的になる境界線が曖昧になるから「うちに来てくれてありがとう」がとにかく伝わっていれば嬉しいなと思いながら今日は手を合わせていた。

 

*****

 

 今年も桜はもうほとんど散ってしまったよ。

 最近はね、木蓮の花がとても目につく。


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 事業所へ向かう道に咲いてるんだ。

 

 桜以外にも、いろんな花を一緒に見てみたかったな。ステファニーと花の写真を撮ってみたかったな。ピクニックとか行ってみたかったね。

 

 ありがとう。

 会えなくなっても、「ありがとう」なんだよ。

 家族みんなそう思ってる。

 

 またいつか、どこかでいつか。

 そういう機会があったなら。

 私たち、前世で会ったことあるかも……みたいな予感でもいい。

 そういう機会が遠い遠い「いつか」にあったなら、なんて夢見ているよ🍀

 

 

4月1日。

 

 昨年の桜を覚えている。

 はらはら花びらが散っている風景を、動画にも残していた。

 

 満開になったかと思えば、あっという間に散ってしまう。

 風や雨が降れば、予想よりはるか早くに見頃は過ぎてしまう。

 それを「儚い」と感じるか、緑が色濃くなっていく姿を「勇ましい」と感じるか。

 きっと眺めるその時々で、感じ方は変わるのだろう。

 

 もう4月になっちゃった。

 カレンダーをめくるたびに、何かと「時の流れは早い」なんて思うようになったのはいつごろからだろう。

 

 2022年、4月になった。

 2022年、私たちはすでに3ヶ月を生き抜いてきた。

 

 命が儚かろうと勇ましかろうと、2022年を3ヶ月生き抜いてきたその前に、一人ひとり生き抜いてきた年月の積み重ねがある。

 

 時は流れる。わけもわからぬままに、前へ前へ押し流される。違和感を覚え、立ち止まるときもある。自分の意志で。その間も時は止まらない。当たり前のように今日も街を人が行き交う。ベッドで横になったまま1日を終える日常もある。

 

 誰も彼もが、今日だけを生きたわけじゃない。生き抜いてきた月日を数えてごらん。誰も彼もが、胸を張っていいと思うんだよ。別に人前でじゃなくてもさ、ひとり部屋で「オレ、すげえ!」って拳を突き上げ讃えてみてよ。

 

 エイプリルフールの嘘にカウントしないでね。

 

 「あなたはよくここまで生き抜いてきた」

 


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 上の写真は、今日撮った桜の花びら。

 咲こうが散ろうが、桜は桜。

 

 それにしても寒い日だったなあ。

 

 

子宮には戻れない。


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 2月にカウンセリングをキャンセルして以降、新しい予約を入れていない。

 そのちょっとした経緯はコチラ(⬇)に記した。



yoshi-mi.hatenablog.com



 治療をしたい、生まれつきあるかのような不安感を払拭したい気持ちはもちろんある。

 しかしそれ以上にただ話を聞いてほしかったのだと気づいた私は、経緯を記した記事の中で「聞いてもらったあとで、ギュッと抱きしめられたかった。いくら自分で自分を抱きしめても、満たされない癒やされない、他人の温もりを分けてほしかった。」とも書いている。


*****


 そんな折、昨日You Tube内である動画を見つけた。見つけた、というか「新しい動画の内容はなんだろう」と普段から気にかけている、精神科の医師が立ち上げているチャンネルがあるのだ。


youtube.com


 配信しているのは、「早稲田メンタルクリニック」院長の益田裕介氏。

 こちらのクリニックを受診した経験はないけれど、毎回配信では精神疾患についての解説や診察とカウンセリングの違いなどをわかりやすく説明してくれている。

 また、動画の概要欄をクリックすれば益田院長が解説していた内容が文字起こしされているため、文章で説明された方が理解しやすいという方は、そちらを読んでみてほしい。


 で、昨日私が見つけた動画というのが、益田院長のチャンネルでアップされていたコチラ(⬇)である。


youtu.be


 「私は泣きながら親身に話を聞いてもらいたいだけ。」のタイトルを見た瞬間に、ドキッとした。だってその下に「これ、危険です。」の一文がついているんだもの。


 つい先日私がブログに記したばかりの思いの丈には、もしや危険な方へ向かって突き進んでいる兆候が潜んでいるのでは……と動揺した。


*****


 動画内では、幼いころに泣いている自分を親が慰めながらギュッと抱きしめてくれた経験があるひと、そんな経験なかったわというひとでも、赤ん坊のころ親ではないにしてもそうしてくれた存在がいたからこそ私たちは今を生きている、といった話がされていました。


 そのような子どものころに戻りたくなる願望を「退行」と言い表すそうです。


 しかしその願望を医師やカウンセラーに向け、密接な関係を望んでくる患者を許容するのは、治療上よろしくない。

 私の文章では誤解が生じる恐れがあるので、興味のある方は益田院長の解説をご覧になってください。


 とにもかくにも、病院やクリニック、カウンセリングへ通うのは治療が目的であり、転んだら手を差し伸べてもらう時を期待するのではなく、自ら立ち上がれる力を取り戻すor技術を習得していこうとする心持ちが大事になってくるのでしょう。

 ★患者が苦しんでいる疾患や症状により対応策が異なるのかもしれません。専門的なところまではわかりかねることをご承知ください。


*****


 改めて私は自分の「ギュッとしてもらいたい」願望について、考えてみた。


 正直に言えば、医師に長年の悩みを打ち明ければ自分では探せなかった道へ導いてもらえるのでは……という期待くらいは持っていただろう。

 通い続けるうちにそんな都合のいい展開は起きないと覚ったが、カウンセリングを受け始めたとき、再び同じような期待を抱いたのは否定できない。


 これまで口にするのも文字にするのも罪悪感があった親に向けていた感情やどこにいても笑われているような、煙たがられているような疎外感を覚えるきっかけになった要因を打ち明けたときはスッキリした。

 しかしその状態は、長くは続かない。かたく閉ざされたシャンパンの栓が抜けたときこそ快感を得たが、直後に次から次へと溢れ出てきたのは憎悪や苛立ちや希死念慮だった。


 苦しくて苦しくてたまらない。認知行動療法なんてどうでもいい。心の鎮痛剤があるなら打ってほしい。ないなら、誰か抱きしめてよ……。会話はいらない、抱きしめてなだめてください。頼むよ、神様。しんどい、コレが来る夜が。


 突如襲いかかる荒波。

 ホントしんどかった。ブログに下書きを残しては、冷静さを取り戻したときの自分が削除していた。


 おかげさまで、現在はめったに荒波には襲われない日々を過ごせている。理由は、


・就労継続支援B型事業所へ通所し始めた。

・読書、散歩以外の趣味ができた。

 ①絵を描く

 ②刺繍


 が大きいと感じている。

 適度な緊張感、挨拶だけでもいいから人と言葉を交わせる場所、集中できる時間、楽しい時間を持てたことが私の場合はいい刺激になった。


 それでも、寂しさは埋まらない。

 だから「話を聞いてほしい」「ギュッとしてほしい」願望に終わりはないものの、心療内科の医師やカウンセリング担当の心理士に「解消して!」と求めているわけではないし、「そういうもんだよね」と人類共通の願望として俯瞰することにした。


 それから強く思うのは、「ギュッと抱きしめてほしい」と願っているのは現在の私ではなく、子供時代の私なのだ。

 あのときあの瞬間、大人に抱きしめられたかったと。たとえば理想の父親的なひととか、学校の先生とか、学校の先生とか、学校の先生とか。(しつこい。笑)


 もう叶えようがない。時は戻せない。やり直せない。益田院長の言葉を借りると、「子宮には戻れない」。

 納得する。納得いかなかった時期があった上で、今は納得している。


*****


 急に話が変わるけれど、私は占いが好き。だから占い関連の動画もよく観ている。

 時に、「長年の夢が近々叶いそうです」なんて言われ一瞬は舞い上がるも、それが叶わないことをもう知っている。


 半ば本気で叶うと信じていた時期があった。

 名前も容姿も性格も、何かを機に生まれ変われると。

 笑われるかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。でも、信じていた。信じたかった。根拠はなく、叶う瞬間のシチュエーションも想像できないのに、変容する日が来るのを心待ちにしていた。期待していた。奇跡的な力が発生するのをじっと。


 「私は私」と言い聞かせながら、いつでも「お前(私)なんかとは縁を切ってやれる」んだぞ、なんて見下していた。


 残念ながら、「私以外私じゃないの」(ケズの極み乙女。より引用)よね。明日も明後日も、死ぬまで「私以外私じゃない」現実は続く。


 ところが面白いことに、絵を描いたり刺繍を始めたりしてから、「残念ながら」という前置きがなくなった。

 相変わらず名前を呼ばれる嫌悪感はあるし、瞼を二重にできるならそりゃあしたい。

 けど、なんていうか、表現が難しくて困るが、自分の時間に集中し尚且それが楽しいと「あれ? 私ってこれまで何をごちゃごちゃ悩んでたのかしら」と希死念慮に襲われていた夜さえ嘘みたいに記憶から遠ざかっていく。


 変なの。

 単純なのか、複雑なのか、自分で複雑にしてきたのか。

 ホント、なんなんだろうね。なんなんだろう。

 そしてこれから私は、何を夢に掲げていこうか。


*****


 こんな読みづらい長文を最後まで読んでくれた方がいらっしゃったら、感謝申し上げます。

 不安障害との闘いはまだ続くだろうし、「ギュッと抱きしめてほしい」って今後も寂しくなったらつぶやくと思います。

 頭の中での独り言も止まらないままです。(ADHDの特性なのでしょう)


 沈んでは回復し、沈んでは回復しを繰り返してきたから、現在の状態を楽観的には捉えていません。

 でも、集中している時間を楽しめているのだから、いい意味で楽観的になる日を作ってもいい気がしています。


 とか言って、次の更新記事が地獄のような絶望に浸っていたらどうしよう。笑


 読んでくれた方、ありがとう。


「大丈夫」

 

 通所している就労継続支援B型事業所を、2月より半日から1日滞在に変更した直後に家族が新型コロナに感染し、そこから更に家族全員が陽性になる事態が起きた。

 結局2月は、2日間しか通所していない。

 

 自宅療養している間に、体力だけでなく人と接する免疫をも削られてしまった。

 スタート地点へ戻ったみたいに。

 復帰するまでの間、事業所の扉を開く瞬間を想像しただけで肩に力が入り、建物の前まで行くのも無理かもしれないとさえ弱気になった。

 

 周りにもビンビン伝わるほどの緊張感を漂わせどうにか3月から復帰できたものの、2週目までは半日滞在で心身を慣らせていた。

 で、で、で、ようやく本日(14日)から再び1日滞在を続けていく決心がつきましたヽ(=´▽`=)ノ

 

*****

 

 半日から1日。たったそれだけの変化が、私には巨大な岩を這い上がり乗り越えていかなければならないくらいの難関に感じる。

 前夜からソワソワが止まらなかった。

 朝の占いは見ない方がいいと思いつつ、テレビで見れるものはついついdボタンでチェックしてしまう。

 

 「できる、できる、できるよ」

 これは今月の独自おまじないワード。小さくつぶやき、それでも不安はどっしり胸に居座っている。

 

 何をそんなに恐れているのか。

 半ば訳がわからなくなるのが自分でも可笑しい。笑

 大丈夫かよって、俯瞰しているもうひとりの自分が冷静に突っ込んできたりするし。

 

 たまらずYou Tubeで、Hilcrhymeの「大丈夫」を聴いた。MVもちゃんと観たかった。

 


www.youtube.com

 

魔法の言葉を君に贈ろう

 

 その歌い出しを耳にした刹那、泣き出したくなる。

 

俺が「大丈夫」って言えば 君はきっと大丈夫で

もし世界中が君の否定をしても

 

俺が「大丈夫」って言えば 君はきっと大丈夫で

俺だけが世界中の否定をしていよう

 

 「春夏秋冬」しか知らなかったHilcrhyme。「大丈夫」を聴いてから、ファンになった。

 

もう言わなくてもいいね

コレで最後の「大丈夫」と

戻った笑顔 そのままの君で居てよ ずっと

 

 まるで初夏みたいな陽射しに包まれ、頭の中では何度もラストの歌詞がリピートされていた。

 

 

 

何度でも言うぜ 君は決して 間違っていないと

 

 そうだといい。

 間違っていないといい。

 いまを正しいとは言えなくても間違っているとは思いたくない、もの。

 だからまた自転車を漕ぐ。

 高校時代とは違う心持ちで、ペダルを踏み進んでいきます。

 

 

 

平穏な1日。


 今朝は事業所へ行く途中、ご主人と散歩をしている猫を見かけた。

 ああやって毎日散歩しているのかな。

 まだ寒いけど、晴れの日は気持ちがいいね。


 帰りにはサビ猫を見た。

 よく見かけるコだ。

 会えると嬉しい。首輪をしているから、飼い猫なんだろう。でも近づくと逃げられるから、「よお!」と声をかけるだけにしている。


 そうだ、桜も見た。


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 調べたら「河津桜」だそうで。

 私が写真を撮っていたら、後から来た女性もカメラを向けていた。

 つい足を止めたくなるよね。


 とても平穏な1日だった。

 寝る前にこうやって振り返り、手こずった作業もあったけれど本当に穏やかだったなと感じる。


 しん、としているこの瞬間の夜も。

 今のところ事件は起きそうにない。


 優しさや悲しみだけではなく、平穏も分け合えたらいいのに。



「ものづくり」との縁が、ここで巡ってくるとは思わなかった。


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 ブログ内に時折、自分で描いた絵をアップしていた。

 最近インスタグラムを始めたため、絵はそちらにアップするようにしている。

https://www.instagram.com/yoshi_mi24

 

 集中する時間が気持ちいい。

 しかし、「自分の時間」を確保することに罪悪感があった。以前から、ずっとずっとあった。

 ボーッとしている方が周りに対して不甲斐ない思いを募らせてしまうように感じがちだけれど、好きなことをやっているときの方が実はとても罪深い気分になる癖が私にはあった。

 

 何も考えていないわけじゃない。

 頭の中は常にぐるぐる「不安」「焦り」「劣等感」「家計」「生きていけるのか」が高速回転していた。

 

*****

 

「悩みがなさそうでいいわね」

 

 幾度か母親から言われたことがある。主にあれは高校時代だったかな。

 私が猫の話ばかりしていたとき、お笑いを観てゲラゲラ笑っていたとき。

 どれだけ高校から逃げたいと思っていたか。いつどこでどうやって死のうと考えていたか。母は知らない。いや、知らなくて当然。話したことがないのだから。

 

 悩みがない人なんているわけないじゃない。

 

 今なら言い返せるかもしれない。「かも」ってところが、まだなんか振り切れていない感を漂わせるけれど。笑

 

 逸したかったんだよ。

 空気を変えたかったんだよ。

 楽しい話に流れを持っていきたかったんだよ。

 私も大概家の中に不穏な空気を持ち込んだ当事者ではあるものの、お金の問題が絶えず母のため息を聞くたびにズキンと胸にヒビが入った。父は何を考えていたのか謎人間。私は私で高校もバイトも行くたびに、コンプレックスが肥大していた。

 

 わかるんだ。

 いや、「わかる」なんて安易に使える言葉ではないね。

 家族一人ひとりの気持ちなら、ぼんやり受け止められる。ただしそれは「現在」ならの話。当時はひっちゃかめっちゃかで、一人ひとりの気持ちなんてわかりたいとも思わなかった。

 

*****

 

 実は最近、刺繍を始めた。

 まさかの裁縫である。この手先が不器用な自分が、針と糸を手に染めたのだ。(染めた、って。笑)

 

 小学校の家庭科の授業で、裁縫の時間に先生から怒られた経験がある記事を書いたことがある。

 

※こちら⬇

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 

 だけど中学時代にあるきっかけで編み物を教えてもらい、延々と編んでいられる! と思うほどの楽しさと快感を得たあの感触が忘れられずにいた。

 だからまたいつか編み物をしたい願望を抱え続けていたものの、気づけば36歳。

 

 辛うじてまだ35歳だった今年1月下旬。

 ハンドメイド系の動画を閲覧していて、急に「刺繍をやってみたい!」と思い立った。

 編み物も魅力的だったが、布に針を刺し糸をスッと引くときの音が心地よく聞こえ「これをしたい!」とひどく気持ちを掻き立てられた。

 とりあえず勢いに任せ、セリアで枠や刺繍針&糸と無地の布を購入した。

 

 2月に家族そろって新型コロナに感染する事態に追い込まれ、2月のスケジュール崩壊に落胆するあまり刺繍セットを放置していたが、やっと最近開封し初心者向け動画を参考に縫い始めた。

 

 とても易しい説明でわかりやすいと高評価の動画でも、私の頭には「???」がたくさん浮かぶ。

 何度も一時停止を押し、「え?」「なんだって?」「どーゆーこと!?」とひとりぶつぶつ言いながら、再生速度を落し練習している。

 

 楽しい。とても楽しい。

 次第に、「集中できる自分にとって楽しい時間」を確保するのに罪悪感を抱かなくなった。

 

 それと昔から、好きなことをやっている姿を見られるのに恥ずかしさもあった。

 私の世界を鼻で笑われているようで。自意識過剰なのだろう。頭では理解していても存在そのものに自信がないから、どうしようもなかった。

 

 でも、もういい。

 楽しいものは楽しい。

 絵はパルテルの色に癒やされる。

 刺繍はいつか自分で図案を考えてみたいとわくわくする。

 

 それでいい。

 同じような悩みを抱えている人がいたら、「それでいいんだよ」っていつか自分自身に言えるようになれたらいいよね、と笑いかけたい。

 

 

 

これまでに読んだ小林エリコさんの書籍。


 小林エリコさんの存在を知ったのは、Eテレで平日の夜8時から放送されている「ハートネットTV」だった。

 過酷な労働環境からうつ病になり、自殺未遂をするほど追い詰められたり生活保護を受ける日々を送っていたこともある。

 そういった情報を放送から私は得たと記憶している。


 当時の私はすでにひきこもる生活を送っていたかまだ働いていたのかよく覚えていないが、小林さんの書籍を読んでみたくなり、『この地獄を生きるのだ』を手に取った。(手に取ったのは明らかにひきこもっている時期だった)





 小林さんがうつ病を発症する過程には、自分自身もうつ病の診断で心療内科へ通っているだけに、発症した当時を思い返して辛くなっのだけれど、それ以上に衝撃を受けたのは、クリニックや役所の対応だった。


 生活保護をすすめれた小林さんだが、その制度がどんなものかよくわかっていなかった。わからぬまま役所へ行き、説明を求めても書類を渡されるだけで思考が追いつかない。精神疾患の治療真っ只中であれば、尚更思考は鈍ると思う。まったく文字(文章)を読めない読む気にもなれない。

 そんな症状を私も経験したことがあるだけに、周りの景色だけがビュンビュン進んでいくにもかかわらず自分は一歩進めていない感覚に心細さを覚えたものだ。


 結果的に小林さんは生活保護を受けるが、ケースワーカーとの関わり方や「働きたい意思」があるにもかかわらずどう就活を始めたらいいか誰に相談すればいいのか、常に孤独の影がちらついている印象を受けた。

 クリニック、デイケアケースワーカー。人と関わる機会がないわけではない。だけども、何をどこから相談し現状を抜け出すきっかけを作ればいいのか……。


 私も最近までわからなかった。

 ようやく現在はB型事業所に辿り着いたが、未だによく福祉サービスの制度を理解できていない。

 なぜか私は自分が住む地域にある事業所しか選択肢はないのだとばかり思っていたら、他の利用者さんが近隣地域から通所していると知り驚いた。こんなふうに「え、そうなの!?」という制度や施設は結構あるものの、知り得るのはその界隈の輪の中に入った後だったりする。


 はたしてどうやって、小林エリコさんは当時の現状から抜け出せたのか。

 今が苦しい人にもかつて苦しかった人にも、『この地獄を生きるのだ』は読んでみてほしい一冊である。


*****


 小林さんが出版されている書籍は他にもあり、『家族、捨ててもいいですか?』も昨年読んだ。



 家族との関係や距離感に苦悩する姿が綴られている。

 父親に対して許せない思いを抱きながらも、父親と一緒に出かけた大切な思い出があることも確かだという複雑な心境に共感した。

 こちらもおすすめの一冊。


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 そして今回手に取った小林さんの作品は、『私たち、まだ人生を1回も生き切っていないのに』だ。



 これまでうつ病を患った話、自殺未遂をはかったときの話、家族との関係性など……厳しい環境を生き抜いてきた経験に目を通してきたが、本書は表紙から漂う雰囲気からしてこれまでの書籍とは異なっているのがわかる。


 切ないながら悲しみを引きずらない内容だった。生きづらさの渦中にいても、趣味の合う友達と楽しく会話した時間や異性に恋心を抱いた瞬間にはキラッと光るものがある。

 出会った人たちとたとえ疎遠になっていったとしても、同じ時を共有したことに変わりはない。不安や孤独がついてまわるからこそ消えたくなる夜があり、不安や孤独がついてまわるからこそ過去のキラッと光った一瞬が宝物に思えたりする。


 読めてよかった。


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 実は私、『私たち、まだ人生を1回も生き切っていないのに』は小林エリコさんご本人の手から購入した。というのも、昨年はじめて足を運んだ文学フリマ(東京)で「絶対に買う本リスト」に入れていたのだ。


yoshi-mi.hatenablog.com



 文学フリマが行われたのは、昨年11月。

 で、読んだのが先週。

 どうしてこんなにも読むまでに時間がかかったのか。言い訳めいた話を聞いてほしい。


 めちゃくちゃ緊張しながら足を運んだ文学フリマ。対人不安がある私は自分から話しかけるのが苦手ながらも、一言くらいは著者ご本人さんに話しかけた記憶がある。

 「今日はいい天気ですね」並にどうでもいい声のかけ方をしてしまったり、散々ではあったけれど自ら話しかけた。


 しかし、小林エリコさんにだけは話しかけることができなかった。

 「こちらを一冊いただきたいです」と告げたあと、すぐに小林さんが書籍にサインをしてくださった。しかもそのサインの横に、サラッと女の子のイラストを描き添えてくださり、私は話しかけるどころか彼女が持つペン先を凝視したまま立ち尽くしてしまったのだ。財布からお金を出す手を止めてまで見入っていたものだから、小林さんから価格を教えられ慌ててお札を引き抜いた。


 あれから何度も表紙をめくりサインとイラストは眺めるものの、読むまでには至れなかった。

 すでに文学フリマの光景全体は、ぼんやりとしか覚えていない。幻みたいだった。

 なのに、小林エリコさんがペンを走らせている時間と書籍の価格を教えてもらったときにばっちり目が合った瞬間の映像は鮮明に残っている。すごく鮮明に。あの会場が幻ではなかったことも教えてくれたような気がした。


 それで、読むのが惜しくなってしまったわけなのだ。

 理由になっているだろうか。笑

 たけど「読むのが惜しい」感覚を味わった経験がある人って多いのでは。


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 語っているうちに、3月に突入していた。

 コロナも「陰性」が証明されたので、今月から再び事業所への通所に精を出そうと思います!