みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

17才から27才までの10年、36才から来年37才になる私。

 

 昼間にこんなことをつぶやいた。

 

 

 昼休みが苦痛と感じる人、結構多いと思う。最初のうちは誰かと一緒にごはんを食べていても、しばらくするとひとりで食べたくなったり休み時間中も何かしら作業をしていたかったり。

 

 昼休みはいらないから1時間早く帰りたい!と仕事をしているときは思っていた。

 

 現在の福祉作業所(就労継続支援B型事業所)へ通い始め、昼休みをそんなに苦痛には感じていなかったのだけれど、ごく最近になってどうしようもない孤独と人生の空虚感に襲われるようになった。

 

 かつては自分も一般枠で働いていた身だ。

 カーテンの仕切りの先から昼休みをとる職員さんの笑い声が聞こえてくると、薄っぺらな布切れを厚い壁のように感じてしまう。

 

 こちら側とあちら側。

 

 一般枠・障害者枠共に就労を経験してきているものの、福祉作業所にお世話になるとは想像だにしていなかった。10年前、26才の頃には1ミリも。

 

*****

 

 原作・燃え殻さん、漫画・おかざき真里さんによる『あなたに聴かせたい歌があるんだ』という作品をご存知だろうか。

 

 

 

 

 高校で臨時に雇われていた女性英語教師の身に、教室内である事件が起きる。女性教師はそれをきっかけにその高校を去ってしまうのだが、彼女がそのさい教室内にいる生徒に残した言葉が、

 

皆さんは

これから十年経ったら

必ず27才になります

今の私の歳になります

 

皆さんがその時に

生きていて

後悔することが

私なんかより

ひとつでも

少ないことを

 

私は本気で願っています

 

 というものだった。

 

 そして物語は、当時教室内にいた生徒の10年間、彼らが27才になったときの姿が描かれている。

 

★「Hulu」では実写化されています⬇


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 作品と自分の人生を照らし合わせるのは、なんだか失礼にも傲慢にも感じるが、17才のときの私は「いつ死ぬか」の計画を立てながら自転車で高校までの通学路を重い足で漕ぎ、なんだかんだで生き残った末27才のころには幸せの絶頂にいた。

 

 家の事情や難病発覚で入院&療養していたため社会人の仲間入りするのが遅れてしまった私は、27才のころはじめて仕事と恋愛の両立を果たすに至ったのだ。

 

 それから年月は再び10年近く経ち、混沌とした日常の中にいる。

 この数年間誰もが混沌とした世界をさまよっていたに違いないから自分だけが特例だとは思っていない。

 

 スタート地点に戻ったどころか、マイナス地点まで引き返してしまった。

 4年間のひきこもりを経て、今の福祉作業所へ辿り着いた。

 作業はやりがいがある。楽しい。達成感もある。

 ただ、昼休みになるとあのカーテンで仕切られたあちら側には、もしかしたら27才の自分がいるかもしれないと切なくなってくるのだ。もしくは、27才から現在の36才まであちら側にいられた可能性もなきにしもあらずだったかもしれない……と。

 

 どこかで己を受け入れられず、どこかで己を肯定しなければ前に進めない悔しさ。次に込み上げてくる寂しさ。

 職員さんはみんな優しくて、意地悪な人なんていない。利用者さんも疲れた顔を見せずに気のいい人ばかりだ。

 

 だから余計に惨めになる。

 こちら側とあちら側を区別して見ている自分が、惨めになる。

 

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 上記にあげた作品では、27才の男女が苦節と葛藤を共に生きている様が描かれている。

 来年で37才になる私は今日の昼休み、燃え殻さんの声を耳にしながら『あなたに聴かせたい歌があるんだ』に登場する人物を一人ひとり思い返していた。

 

 

鬱々から始まった6月。

 

 頭が痛いのか眼球の奥が痛いのか。首が痛いのは確定していたが、頭がどんより重たい状態で始まった6月。

 

 相変わらず疲労感は、まったく抜けず。

 朝はアラームを切ったのを自覚した上で二度寝する始末。

 

 関東は6/6(月)に梅雨入りをし、生理周期と重なったりしたためか、もう鬱々鬱々が止まらなかった。

 やりたいことはある。でも、あれを出してこれを出しての準備をする段階に進めない。

 ついに福祉作業所も休んでしまった。ズル休みではなくとも、日中になると「なぜ休んだのか」自責の念が襲ってくる。たった週3日さえまともに通えないのか!!と情けなくなった。

 

 そんな調子だったため、1週間ほど趣味もストップさせた。

 進めたいのに、気力が出ない。

 しかし何かと競うように「進めたい、進めたい」気持ちが強すぎるゆえ、バランスを崩している気もしていた。自分で自分の首をしめていたのかも……と。

 

 とにかく時間があれば寝る。眠たくなくても横になり、呼吸に意識を向けてみようとか猫動画を観てにんまりしたりとかしていた。

 

 おかげで、6/12(日)現在は気力を取り戻せています。

 趣味のストップ、とにかく休む、猫に癒やされる。さて、どれが功を奏したと思いますか?

 

 結論から言うと、上記のどれが良かったのかどうか等はよくわからない。

 というのも、私の気力が復活したのは嬉しい言葉を人にかけてもらえたことだったからなのだ。

 コツコツやっていた作業が報われた、認めてもらえたその言葉で、卵の薄皮みたいにぴったりしっついていた鬱々がすべて剥がされたかのように清々しい気持ちになった。

 心から嬉しかった。けれど「嬉しい」に限らず感情を人前で表すのが苦手な自分は、それを家にお持ち帰りして改めて「嬉しい!!」を口に出して言ってみた。

 なんだか頑張れそうな予感がしている。

 

 しかしながら、首の痛みは残っている。「痛み」から「通常の凝り」くらいにランクダウンはしたものの、しぶといヤツだ。

 それともあれかな。この3日間くらい、心霊系You Tubeのチャンネルを取り憑かれたかのように観ていたのも要因のひとつなのだろうか。

 なんかびっくりするくらい観るのが止められなくなったんですよ。ホントに取り憑かれたのかもしれない。笑

 

*****

 

 ──っていう話は横に置いといて、梅雨と相性が悪い方はこの時期無理をせずに横になられてくださいね。

 先日テレビを観ていたら、「気象病外来」というのを設けている病院もあるそうです。

 あまりにも頭痛やめまいなどの症状が強い方は、調べてみるのもいいかもしれません。

 

 ジメッとした梅雨は厄介なことが多いけれど、色とりどりの紫陽花を眺められるのはこの時期だけ。

 


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 桜が散ってから春の終わりを感じ切なくなるように、毎年紫陽花が散ってからどうしてもっとじっくり眺めなかったんだろうって悔やんだりするんだよね。。。

 今年ももう少し写真におさめよう。

 

お疲れさま、5月。

 

 今月はGWがあった。

 確かにあった。

 記憶がもう薄いっていうか、そんなにGWを満喫したい欲に鼻息を荒くするほど多忙な毎日を過ごしていないから、平日と等しかっただけなのだが。

 

 そんな世のメインイベントGWがあった、5月が終わる。

 打ち込んでいて、急に今泣きそうになった。カレンダーに目をやり、赤く塗られた祝日の日にちを見て泣きそうになった。なんの思い出もないのに、よくわからないけど泣きそうになった。笑

 

*****

 

 B型事業所にはまだ毎日通所への勇気が持てぬまま、ひとり暮らし計画も進んでおらず現状維持が続いています。

 

 できたら6月のどこか1週で、1日曜日を体験的に増やしてみたい。1日増やしただけで、身体面にかかる負担がドンと増えるのか、夜寝れるのか朝起きれるのか、メンタルの浮き沈み等を自分でも知りたいのだ。

 

 現在、趣味として始めた刺繍が楽しくコツコツ針を動かしているのだけれど、刺繍は楽しい反面結構疲れる作業だとも実感し始めた。スタートすると止まらない性質もコントロールしなければいけない。

 

 それからひとり暮らしに関しては、いきなりグループホーム等に申し込む前に、「ひとり暮らしとはどんなものか」を体験できる事業を利用させてもらうことななった。

 年度に数日間、アパートの一室を貸してくれる自立体験事業なるのもが世の中にはあるのだ。

 自分なりに情報収集をこれまでしてきたつもりでも、実際に専門の方に相談してはじめて耳に届く制度がきっとまだまだいっぱいあるのだろう。

 

*****

 

 「現状維持」だった5月。

 とはいえちょっとずつちょっとずつ、今後のことを考えてきた。

 6月はひとつでもコマを前に進められたらいいな、と思っている。

 

 みなさま、今月もお疲れさまでした。

 

 

耳がダンボになる瞬間。

 

 面談をしていた。

 今週月曜のことだ。

 向かいに座るのは、生活支援センターの担当者さん。新型コロナの感染対策のため、ドアが開け放たれたスタイルで毎回面談は行われる。

 

 たとえば最近は、家を出てひとり暮らしをするための相談に面談の時間をほぼ費やしている。

 

*****

 

 月曜日も、その件を含めた面談をする予定があった。

 

 しかし担当者さんが面談室に入ってきて間もなくだったと思う。

 開け放たれたドアの向こうから聞こえてきた声に、私の意識が吸い寄せられてしまったのである。

 

 担当者さんは、ひとり暮らしをするにあたっての不安や疑問を私に問いかけてくれていたと記憶しているが、面談室の外で電話対応している職員の声がビンビン脳に響き、身体と意識が解離しているような妙な感覚に襲われた。

 

 「今は向かい合っている相手の質問に答えなければ」と思うのに、外から入ってくる情報に頭が占拠されてしまう。

 どうも職員の電話対応を聞いていると、私の担当をしてくださっている方に電話を繋いでほしい利用者さんが、何度も電話をかけてきているようなのだ。

 そのたびに、「○○さんは、現在面談中なので電話に出られないんですよ」と職員が対応しているのがわかる。

 

 あ、その面談相手って私だ──。

 

 ドキッとしてしまったがゆえに、外から漏れ聞こえてくる声から目が……ではなく耳が離せなくなってしまったのだろう。

 きっと電話をかけてきていた利用者さんは、「○○さんを出してほしい」「面談は何時に終わるのか」等を幾度も職員に聞いていたに違いない。対応する職員も「だーかーらー、○○さんは面談中だってさっきも伝えたでしょ」とその利用者さんの性格を理解しているためか対応には慣れている様子だった。

 

 とはいえこちらは、「はやく面談を終わらせなければならないのでは……」と焦るばかりだった。すると余計に言葉が詰まる。詰まった拍子に頭が真っ白になり、腰を据えて親身になってくれている○○さんが不思議に見えてきさえした。いや、不思議でおかしいのは自分の方なわけでなんとも失礼な話だけども。

 

 「面談は○時くらいに終わると思う」と一本前の電話で告げられていた利用者さん。私は壁にかかった時計が気になって仕方なかった。

 集中できないながらも、担当者さんが出してくれたある提案をきっかけに光を見た私は、ある程度今後の予定をどう立てていくか流れを掴めたことに安堵していた。

 安堵していたところで面談終了予定の時刻に達しており、案の定面談室の外で鳴り出した電話の着信音。

 

 再びドキッとした。

 「○時くらいに面談が終わるとは伝えましたが、○時きっちりに終わるとは伝えていませんよね」

 対応している職員がやけに冷静で事務的な声になっているのが、少しこわかった。

 そして、再び意識が面談室の外へ持っていかれる。罪を犯しているような気分で硬直している私とは打って変わり、担当者さんは「最近はひとり暮らしに向けてのお話しかできてないですよね。他に話しておきたいこととかないですか」とやはり腰を据えて構えてくれている。福祉作業所はどんな感じですか、今はどんな作業しているんですか……etc.

 涙がちょちょ切れるほど本来ならありがたい気遣いが、このときばかりは「○時を過ぎてしまった、○時を過ぎてしまった、○時を過ぎてしまった」呪縛で私は息苦しくなっていた。

 

*****

 

 せっかく設けてもらった面談時間。半分以上は頭が真っ白状態で、負わなくてもいい罪を背負うはめになるとは想像していなかった。

 

 あれから時間が経過し現在木曜なのだが、あの身体と意識が解離する居心地の悪い感覚……そういえば職場では日常だったと思い出す。

 

 福祉作業所内でも周りの会話はしっかり聞こえてくるし、内容を把握しながら私は作業をしている。ただ、そこで聞こえてくる会話は他愛もない話ばかりだから気になるようで気にせずにいられるのだ。

 

 これは聴覚過敏が、関係しているのか。

 耳がダンボになり、尚且自分が責められているように感じたときは要注意である。

 

ひとつ手に取った世界から、好奇心は枝分かれしていく。


 5月だ。

 GWが明けたその途端、梅雨入りしたかのような天候。一週間の天気予報には雨マークが連続している。


 B型事業所への通所と趣味に時間を費やす日々。鬱々する朝もある。希死念慮に襲われる夜もある。突如として空虚さを覚え、布団を被り寝逃げする昼もある。


 だけど楽しい時間を得られる瞬間があるから、小さな光から温もりを感じられる。それは風でキャンドルの炎が消されてしまわぬよう、両手をそっと添えたときに伝わってくる温もりに似ている。この明かりを絶やすものか、と今は強く抵抗している。


 周りからどんな風に見られようが、構わない。福祉作業所は今や私の大切な居場所だし、絵も刺繍も下手だろうがなんだろうが、「やってみたい」気持ちを守りたい。

 これまでが「やってみたい……と思ったところでそれに何の意味があるの?」と意味ばかりを求め、やろうとしてこなかったから。


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 将来への不安は絶えず、けれども好奇心は広がっていく。

 世の中にはいろんな人がたくさんいるのだ。刺繍で絵を描く人がいたり、着物をリメイクする人がいたり、伝統を受け継いでいる人がいたり、自己流の技でものづくりをする人がいたり……。

 見ているだけで、わくわくする。

 きっと「それに何の意味があるの?」と思っていたときの自分だって、ものづくりをする人たちを見てときめいていたはずなんだ。

 ただ、別の世界を生きている人たちみたいな眼差しで見ていただけで。自分には縁がないと卑屈になっていただけで。


 動けないときは動かなくていい。

 動けるときは動けばいい。


 シンプルな話だった。

 しかし、頭の中で常に糸が絡まっている状態のときには、シンプルな話もシンプルには受け止められない。疲労がのしかかる身体では、トイレに行くのもしんどいんだもの。

 流れやタイミングがあるんだと思う。

 人それぞれに、「あっ!今なら!」っていう絶妙なタイミングや出会いが。


 変化のない日常に安堵を得られ生活できているなら、無理くり変化させようとしなくていいと思う。ちょっとした刺激に動揺し、不安が増すのは恐怖でしかない。体調を崩してまで変わる必要はない気がしている。


 私も「気にしすぎ」と人から言われるような些細な出来事に、大袈裟なほど不安を抱く質だ。にもかかわらず、刺激を欲する性格でもある。

 どこかで「私なんか」を「私だって」に変化させたい気持ちがあった。

 もしもそんな気持ちがある人は、Hilcrhymeの「パラレル・ワールド」をぜひ聴いてみてほしい。



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 そもそも、同じくHilcrhymeの「Changes」という歌が私は大好きなんだ。

 タイトルからしてもう、そうだったんだ。


 もしかしたら、今も遠回りの最中なのかもしれない。だとしても、なんだかんだで好奇心が途切れない現在が楽しい。

 流れ、タイミング、出会いにありがとう。




4月、終わる。

 

 書けるエピソードがたくさんあったような気がする4月。

 しかし、いざ振り返って書こうとすると頭が真っ白になる。

 

 事業所へ通い、眠り、絵を描き、眠り、刺繍でピアスを作り、眠り、猫動画を観て眠る。

 

 だいたい毎日がそんな感じなので、さしてエピソードなどなかった。冒頭で盛ってしまった。笑

 ごめんなさい。

 

 合間では支援センターの方に相談したりしていたくらいだ。

 

 それから心療内科への通院。

 今月は、主治医に「事業所には通えているけれど、他のご利用者さんとは挨拶するくらいでコミュニケーションがとれずにいる」と悩みを打ち明けてみた。

 

 すると、「いいんです、それで。作業するために通ってるんですから。友達を作りに行く場所ではないですから。むしろそこで仲良くなりラインの交換なんかを始めちゃうと、苦しくなってしまう場合がありますからね。職員さんとの伝達が出来ていれば、それで今は十分なんですよ」との返答が。

 

 確かに。

 無理に距離を縮めていくのが、かえってマイナス効果になる場合がある。仲良くなるのがいいとは限らない。

 挨拶が出来ていればよし。

 主治医からの助言に、ちょっと肩が軽くなった。

 

 外へ出る習慣を身につけたかった。

 自立に向け、動き出したかった。

 だから私は事業所へ通っている。

 それでいいんだ。

 

*****

 

 4月が終わる。

 5月はもう少し、とある件の話を具体的に進めていくつもり。

 

 時々やっぱり、どうしようもなくつらくなるときがある。

 朝は緊張するし、事業所からは1秒でも早く帰宅したい。学校や会社もそうだった。私が私であることに耐えられなくて、たとえ褒められても嬉しさの反面ムズムズしてきてしまう。照れではなく、存在を認知されるいたたまれなさみたいな感じになるのだ。

 

 人の優しさや褒め言葉には、素直に感謝出来るようになりたい。それを糧にしてやってうこう! と思えるくらいになりたい。


 

 今年もお世話になりました、4月。

 来年の4月には、ムズムズしない私になっていたらいいな。

 

 

私は特別変わらぬまま、ただ流れに身を任せている。

 

 周りの景色は、すっかり緑が色濃くなった。

 立ち止まり桜を眺めていた人たちは、どんな日常へ戻っていったのだろう。

 

 学校や職場で新しい生活が始まった人たちは疲弊が溜まり、ゴールデンウィークを楽しみにする一方で休み明けを恐れているのではないだろうか。

 っていうか、私自身がそういうタイプなのだ。祝日は嬉しいようで、普段のリズムが崩れてしまう。一度崩れると復元するまでに時間を要する。

 

 まさに4年間の空白に、気力・体力・声の出し方、会話の仕方・化粧の順番・外へ出かけるタイミングなどがポロポロ剥がれ落ちていき、取り戻せないどころかはじめから習得できていなかったんじゃないかと肩を落とすように。

 

*****

 

 2月に新型コロナに罹ったときは、幸い症状には悩まされなかったために事業所を休まなければならないことへのショックが大きかった。そして長いこと休んだら、案の定再び通所するのに大きな勇気と覚悟が必要になった。

 

 不安障害が改善されない。

 3月の1ヶ月間で、朝家を出るときの胸のバクバクはおさまってきたけれど、もう半年以上通っている事業所で職員さんや利用者さんの名前を呼べない。

 私に相手の名前を呼ぶ権利があるのか、そもそも相手に自分の存在を認識されていないのではないか……等々、細かなことをごちゃごちゃ考えてしまうのだ。

 作業中は集中力を保てるし、作業自体が楽しい。それが救いで通えている。

 

 外へ出るきっかけや人の中にいる時間を欲したから、今の事業所へ辿り着いた。

 自分の時間と空間を欲しているから、一人暮らしの計画を支援者さんに相談しながらグループホームの見学などに出向いている。

 

 もう死ぬからほっといてくれ──。

 そう考えていたときから比べれば、心境に変化はあった。

 けれど根本的な部分、性格や思考の癖、特性が変わったわけではない。「相変わらず」がくっついて回る。

 

 ただ流れに身を任せてみたら、興味あるものに手を伸ばしたくなったり、映画を観に行こうとか文学フリマまで足を運んだりしていただけのこと。

 私が変わったわけではない。

 環境が変わり、その流れに沿って進んでみただけなのである。

 それから世の中にある魅力的なものとの出会いに恵まれたのが大きい。

 

*****

 

 過去が変わることもない。

 誰かに言われた一言がグサっと胸に刺さったまま抜けずにいる。

 

 小学校時代にお年玉を父に盗まれたこと。中学時代に母が私の机の中を勝手に覗いていたこと。(私宛の郵便を開けられたこともあった。やれやれ)

 

 事実は変わらない。

 私もまた誰かを傷つけたひとりであることだって、そう。

 

 記憶としてしっかり刻まれている。

 自信を削られていくような場面は、決して消えない。

 これまでと変化があったとすれば、それらの記憶が頭の芯に居座らなくなった。圧縮袋に入り隅に寄せられている。

 

 まだ手を伸ばしてみたい分野がある。

 いろんな師匠を見つけたい。

 

 会話となれば言葉に詰まり、頭の中はガヤガヤうるさく、長い時間悩んだあげく選択をミスる。やはり私は変わっていない。変わっていないのに変われたような気にさせてくれたのは、話を聞いてくれる支援者さんやまずは生活リズムや環境を変化させてみたいと思わせてくれた世界があったからだ。

 

 そして無理に自ら舵をとらず、今は流れに身を任せている。