みちてる、みちてた。

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『デッドエンドの思い出』/よしもとばなな(2019.10.20)

 

 今年の2月、ある映画を観るため都内の小さな映画館へ足を運びました。

 その際、今後公開予定映画一覧の中によしもとばななさんの『デッドエンドの思い出』がありました。

 

 どんな内容か知らないながら、『デッドエンドの思い出』というタイトルに惹かれ、「この映画も観たいなぁ」と思いつつ、結局観に行けなかったのを後悔していました。

 

 だから、原作は絶対読まなくちゃ! と心に決めていたのに、時はすでに10月……って行動が遅すぎる。

 

 でも、

「今だからこそ読んで良かった」

「今だからこそ読むべき作品だった」

 と感じる小説でした。

 

 2月の時点だったら響かなかったかもしれない言葉が、今の私にはドクドク脈を打つように身体の中で反響しているのですから。

 

*****

 

 本書の中には、5つの短編がおさめられています。

 タイトルにもなっている『デッドエンドの思い出』という物語は、あとがきにも記されていましたが、著者のよしもとばななさん自身「これまで書いた作品の中で、いちばん好き」なのだそうです。

 

 ざっくりとしたあらすじを紹介しますと……

 

『デッドエンドの思い出』

遠距離に暮らす婚約者と連絡がつかなくなったミミ。

 

きっとすごく忙しいのだろう、などと考えていたのだが、あるとき婚約者の元へ訪れてみようと決心する。

 

訪れた先で衝撃的な事実を知ったミミは、家に帰る気力さえ失い、おじが経営する「袋小路」という飲食店の2階でしばらくお世話になることに。

 

そして、その店の雇われ店長をしていた西山という男の子とミミは出会う。

彼には幼い頃、「父親から虐待されていた」と世間から注目の的になった過去があるのだった。

 

 この西山君が放つ台詞が、とても刺さる。

 

 それはたぶん、ミミとは状況が違うのだけれど、私自身も先月崖の上から背中を押されるような現実を突きつけられて、このまま家に帰らず見知らぬ土地を彷徨ってどうにかなっちゃおうかな……と電車の中でよからぬことを考えていたからなのかもしれません。

 

 ここに作品中の文章を引用させてもらおうかなと思ったのですが、是非とも実際に本を手にとって読み進める中で触れていただきたいです。(筆者でもないのに、生意気言ってすみません。。。)

 

 あなたが今深い傷を負っているなら、よしもとばななさんが綴る文章に思わずハッと俯いていた顔を上げてしまうことでしょう。

 

 各物語の主人公の心情が痛いほど伝わってきて、泣きたくなるかもしれません。

 

 だけど読み終わったあとには、目を瞑って深呼吸を繰り返し、本の表紙を優しく撫でたくなるような心境へと変化しているかもしれませんよ。

 

 

 ちなみにですが、、、

 本書に収録されている『おかあさーん!』という作品の中に、「あ、これだ! 日々感じてたけどなかなか言葉として表現できなかった、私の胸にあったものって、これだったんだ!」とパズルのピースを見つけたときのような感動を覚えた文章がありました。

 

 これも引用しようかなと迷いが生まれたので止めます。

 その代わり、どの箇所なのかだけをお教えしますと「P110~111をまたいでいる部分。(文庫版)」の文章です。

 

 すべての作品に込められた言葉や表現を、またいつか読み返したくなる日が来るのだろうと思います。

 

(2019.10.20:読了)

 

 

デッドエンドの思い出 (文春文庫)

デッドエンドの思い出 (文春文庫)