みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

「ありがとう」の花束を。


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 志村けんさんがお亡くなりになった……。

 信じられそうにないけれど、、、

 

 ご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

 悲しみの感情は、まだ追いついてこないです。ポカンとするばかりです。

 

 志村けんさんの事務所の方が、

 

 本人もこんな形で亡くなるとは思ってなかったと思う。

 

 と仰っていました。

 

 それを聞いて、2017年に亡くなった父の姿がフラッシュバックしました……。

 父のことはいつか書こうと思いながら、まったく書けずにいます。まだ整理がつかないんだな、と思い知らされます。

 

 

 志村さんは雲の上のように遠い存在なのに、訃報を聞いてこんなにもゾワゾワ鳥肌が立つのは、志村けんさんが私の……というか日本中の人々の日常に溶け込んだ存在だったからなのでしょう。

 

 いや、実はすごく近いところでいつも笑わせてくれていた人と言えるのかもしれません。

 記憶の片隅とか心の奥とか瞼の裏とか……。

 

 

 “多くの人から愛されていた人”

 

 でもそれは、志村けんさんに限った話ではないですよね。

 

 

 伝えられる死者の数。

 その数だけ、命があり人生の背景があり血液が巡っていた肉体があったんですよね。

 顔も名前も存じあげないから想像しづらいだけで、突然の死に涙も出ない身内の方々がいるんだってことを──

 

 みんな頭の片隅では理解しつつも目の前の生活を優先せざるをえず、どうやって今日を乗り切ろうか明日まで持ちこたえようかで頭がパンクしそうな状態にあるのではないでしょうか。

 

 志村けんさんの訃報に大きな大きな衝撃を受けるのは、偉大な方が亡くなったという事実のみならず、今自分たちがどんな状況下で生きているのかを改めて気づかされたからでもあるのだと思います。

 

 

 それにしても、今日は何ひとつ笑えなかった……。

 落ち込んでもたいていのことは笑えば回復できる単純な私ですが、ずっとボワーンとしています。

 

 笑いは大事なんだ。

 すっごく奪われたくないものなんだ。

 

 

最後まで人を笑わせることに使命を感じていた。まだ放送も残っているので、思い出して笑っていただければ。

 

 

 志村けんさん、笑いを届けてくれてありがとう。ありがとう、ありがとう、ありがとう!

 

 これからもあなたに「ありがとう」を言う場面は、たくさんおとずれるはずなんです……💐