みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

くもの上の青。〜記憶のエアポート〜


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1993年のエアポート

 

    空港へ向かう。飛行機に乗る。それはつまり、これから誰かとの別れを経験する旅の始まり。

 

 こどもながらに感じていた、1993年──。当時7歳。人見知りが激しいだけに親戚との対面を楽しみだとは思えなかったが、帰りは決まって寂しくなるものだとは知っていた。

 

 旅の最後には必ず別れがやってくる。羽田空港へ着いたってことは、今回もそーゆーことなんだ…なんて若干気落ちするものの、頻繁には乗れない飛行機に乗れるのだと思うとたちまちワクワクが勝っていった。まるで夏休みが幕を開ける瞬間のような。目の前の楽しさが優先されるのは、昔も今も変わらない。もともと頭の片隅に追いやっていた膨大な宿題のことなんて、さらに片隅へと追いやってしまう感覚に似ていた。

 

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 いざ母の実家へ到着する段階になると、やはり私の身体はカチンコチンに硬直していた。母の背後に隠れるようにして家の中へ入る。まずどの部屋へ向かうのかは、すでに察しがついていた。

 

 

 ああ、冷え冷えとしたあの空間。ひとりではこわくてとても入れそうにないあの空間。時が凍ったように止められてしまったあの空間が、どうしてこの家では待ちかまえているんだろう。

 

 

 空港へ向かう。飛行機に乗る。それはつまり、誰かが亡くなったあかしでもあった。こどものころの私にとって。

 

 畳の部屋に通されると、まずは大きな祭壇が目に入る。充満している線香の真っ白な煙と切り花のツンとした香り。あまりに刺激が強くて、母の実家へ泊まると喘息の発作をおこすのは常だった。

 

 楽しそうなことが始まりそうな気配はどこにもない。数時間前に羽田空港で得ていた夏休み気分は、幻と化す。

 

 祭壇に向かって手を合わせるけれど、中央に立てかけられた写真の人はどうも馴染みがない人。「おばあちゃん」なのだとはわかるが、思い出が少なすぎる。しかも妙に青白い背景が不自然で、直視していいものか…。もしかすると写っている本人も同じことを思っているのかもしれない。「不服なんですけど」っていう表情。

 

    ──ねえ、みんなもそう思わない?

 

    なんてことは口が裂けても訊けなかった。

 

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 やがて東京へ帰る日。そのころにはたいてい、母の実家を訪れた理由が祖母の葬儀に参加するためだったことを忘れている。いとこに久々に会えた&遊べた喜びが頂点に達していて、別れの寂しさの要因は主にここにあった。現実へ戻らなければならない悲しさもあった。

 

 だから飛行機の中で泣きじゃくったことがある。1993年の出来事だったのかはもう思い出せない。もっと以前の記憶かもしれない。かなり曖昧。「寂しい」と口に出すのが照れくさくて、「耳がつまって痛い」と訴えて泣いていたのはいつの話だったのだろう。母にも客室乗務員さんにも迷惑をかけたはずだ。申し訳なかったと今でも反省している。

 

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 忘れようにも忘れられない飛行機内での映像記憶はまだある。

 

 隣に座る母が、ハンカチを手にして涙を流していた姿だ。滅多に泣かない母が泣いている。もうそれだけで衝撃だった。細く細い糸が今にもプツンと切れてしまいそうな心細さに、私まで泣きたくなった。

 

 そして、震える声で母はこう言った。

 

 

「亡くなった人はね、みんなこのお空の上にいるんだよ」

 

   

    母が指さす機内の窓。ガラスを隔てて覗けるくもの上。淡い青一色がどこまでもどこまでも続いていた。

 

    忘れられない。「綺麗だね」とも母は言った。自身の親が亡くなるとはどんな心境なのだろう、とはもう少し大きくならなければ私には想像ができなかった。

 

 祖母が亡くなる前年にも母の親戚がひとり亡くなっていた。亡くなった人はこんなに美しい青の中にいる。美しすぎる景色を見たときにヒュッと心がどこかへ持っていかれそうになるのは、母の言葉とくもの上の青を思い出すからなのだろうか。ずいぶん時を経てから確認したが、当の本人はこの発言を覚えていないらしい。

 

 私はしっかり覚えている。ミスチルの「innocent world」とともに覚えている。機内で聴ける音楽チャンネルでミスチルの「innocent world」を私は聴いていた。まだ音楽にさして興味がなかった時期、いろんな音楽がイヤホンを通して流れていたが知っていたのはミスチルの歌だけだった。だからしっかり覚えている!…と大きな自信があったのだが、実際はあり得ない。調べてみると「innocent world」がリリースされたのは1994年なのだから。

 

 


Mr.Children 「innocent world」 MUSIC VIDEO

 

 

 

 母の発言もミスチルの「innocent world」もどちらも幻だった、なんてことはないよね…。飛行機に乗って必ず思い出すのは、このふたつなんだもの。

 

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 今年の長かった梅雨が明けた。8月に梅雨が明けるのは、13年ぶりらしい。(関東甲信にて)

 

 2020年8月。

 どこまでも続く青空を見上げながら、故人の顔を思い出している。