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『急に具合が悪くなる』/宮野真生子・磯野真穂(2020.10.26)

『急に具合が悪くなる』は、哲学者・宮野真生子さんと人類学者・磯野真穂さんによる往復書簡でのやりとりによって構成された一冊である。

 

 

急に具合が悪くなる

急に具合が悪くなる

 

 

 

 著者のひとりである宮野真生子さんは、8年前に乳癌を患い手術を受けるなど病と闘う日々を送っていた。

 そして、本書の冒頭(磯野真穂さんの書簡に記載されている)を読むと、どうやらこのときの宮野さんは多発転移を起こしている状態にあることがわかる。

 しかも医師からは「急に具合が悪くなるかもしれない」と告げられ(念のためにホスピスも探しておくように、とも)悟るのだ。

 

しかし逃げきれないところまで来たのだ。

「死は来る」

 

(P26【1便 急に具合が悪くなる】より)

 

 周りに迷惑をかけたくないタイプであった宮野さんは、まずはじめに予定していたイベントのキャンセルを申し出たり家の中を片づける……といった行動にでる。

 

 そんな宮野さんに対して磯野さんは、持病の有無に限らず事故や事件に巻き込まれる危険性は常にがあり「誰もが急に具合が悪くなる可能性を抱えながら生きている」と語りかけるのだった。

 

 序盤でのふたりのやりとりは、【リスク管理】【リスクと可能性】【<強い><弱い>運命論】など多岐にわたるテーマでそれぞれの見解が飛び交っていた。

 

 ところが、やりとりの途中で本当に宮野さんの具合が悪くなり始めるのである──。

 

*****

 

 そもそも宮野さんと磯野さんは、特別仲がいい間柄というわけではなかったそうだ。

 だからこそふたりの「本気」と「本気」の熱い言葉のやりとりを覗いていると、関係性が深まっていく様子が伺える。

 

 しかし皮肉なことに、時間の流れに沿って関係性が深まれば深まるほどふたりの未来には「別れ」のときが近づくいていく一方で……なんて説明をすると、何だか本書は「死」や「別れ」をテーマにしていると感じてしまうがそうではない。

 

 タイトルの『急に具合が悪くなる』や著者のひとりである宮野さんが乳癌を患っていて……という文面を見たときは、私も「死」をテーマにした本なのかなと勝手に思いこんでいた。

 

 けれど、読んでみると違った。

 確かに宮野さんは本書の中で急速に体調が悪化し“痛みと死の恐怖”を感じながら“無へと引きずり込まれそうになります”と身に迫っている状況に対して本音を記しているけれど、不思議と読後に「死の影」を感じない。

 

 

 それはきっと、宮野真生子さんが長年研究してきた九鬼周造氏の哲学にあった【偶然性】を彼女自身の心身に巻き起こっている出来事を通して最後の最後まで突き止めようとしていた姿勢が力強い文章の中で生きているからなのだろう。そして往復書簡を通じて宮野さんの言葉を誠実に受け止めては投げ返すのを恐れなかった、《魂》を分け合った磯野真穂さんの存在が大きい。

 

 

 磯野さんは【9便 世界を抜けてラインを描け!】の中で、イギリスの文化人類学者ティム・インゴルドの著書『ラインズ』に触れている。中でも、歴史のなかでラインを生み出した運動が次第にラインから奪われていく……「軌跡と連結器」の議論に注目していた。

 

 磯野さんはこの考察が、人間関係でも応用できるのでは? と例を示してくれている。それがとてもわかりやすくて、「文化人類学とはなんぞや?」レベルの私でも興味を惹かれた。

 

 ここで人間関係においてラインを描き続けるとはどういった知覚を伴う運動なのか見解が立てられていることで、宮野さんと磯野さんの関係性がより強固なものとして想像できるのだ。

 

 是非とも手にとって読み、確かめてみてほしい。

 

*****

 

 他者を極度に恐れている私は、相手と向き合う勇気や覚悟が欠けている。いや、本音を言うと自分自身を恐れの対象としてとらえているから、他者に踏み込まれたり踏み込んだりする前に咄嗟に身を引いてしまうのだ。

 

 きっと根っから他者を恐れているとしたら、この本の感想を書こうとは思わなかったんじゃないかな。未来へ続いていくラインの一部となる点になりたい気持ちなら、私にも確かにあるのだから……だから、その気持ちをここに書き留めておきたかったのだ。

 

 

(2020.10.26:読了)