みちてる、みちてた。

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『カキフライが無いなら来なかった』せきしろ✕又吉直樹

 

 前日の記事に牡蠣の話を書きました。だから続けて牡蠣の話を書きたかった、というわけではありません。

 

 ただ「カキフライ」の五文字を打ちながらこの一冊を思い出し、もうどうしようもなくこの本の世界に浸っていたくなりました。しばらく戻りたくない、とも。ぶらぶら歩きながら世の中には有益ではないとしても自分にとっては無益と言い切れず、素通りできない情景を探したくなったし掘り返したくなったのです。

 

 

 【自由律俳句】なるものを『カキフライが無いなら来なかった』によって私ははじめて知りました。(学がなく……)

 『俳句』=『五・七・五』だとばかり思っていたので、自由……なの!? という衝撃。自由だから誰でも安易に書けるかと言えば逆で、自由だからこそ着地点の正解がわからない! わからないのに二人の句を読んでいるとわかったような気になる……わかった気にさせてくれる、そんな絶妙なツボを突かれて「もっとください」と乞うてしまうのですが、書いていてちょっと興奮してすみません。

 

 少し前なら笑って読めた句が妙に泣けてきたり、棘のある声で聞こえてくる句にグサッときたり。こんなところに目をつけたことなかった!と新鮮さを覚える句もある。

 せきしろさんと又吉さんの目線を通して、日常に傍らにある、もしくはあった風景とか感情とか匂いや色……私の記憶にはないはずなのになぜか思い当たる光景がパッと浮かぶのです。

 

 自由律俳句の他にふたりが撮影した写真とエッセイ(一句が生まれた背景)も収録されているので、より想像力が掻き立てられるのかもしれません。ステイホームするならこの一冊の中に閉じこもっていたいところですが、『まさかジープで来るとは』へとシリーズは続き、まだ未読ではありますが『蕎麦湯が来ない』も待ち構えています。

 

 タイトルだけでも、小さなため息がもれる音が耳元で聞こえてくる。あとになって頬が緩むか、かたまった表情のまま時間をやりすごしているか……。読む日によって異なって見えてくる光景や心に響く一句が変わってくるところがまた面白くて魅力的なのです。

 

 外出自粛を促されている現在ですが、ちょっと近所を散歩するときなんかに普段は見落としていたものを発見したくなりますよ。