みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

ステファニーと眺めた桜。〜愛猫の一周忌〜

 

 関東では桜もすっかり散ってしまいましたね。1日外へ出ないでいるだけで、木々が青々とした葉を揺らしているものだからびっくりします。あじさいの木なんて「出番の季節が近づいてるぞ!」と周りの仲間と声を合わせているかのごとく、急激に茂り始めました。

 

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 先週の金曜日。4月9日なのですが、愛猫ステファニーの一周忌でした。

✽ステファニーの過去記事⬇

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 当日にブログを更新するつもりでいながら、ステファニーのことを考えるともう涙が止まらなくて。

 それから不意に思い出したのです。

 亡くなる前にすっかり軽くなってしまったステファニーを抱っこをして、ベランダから桜を一緒に眺めたのを。

 

 あのとき、桜の香りに気づいていたかな? 

 あれから1年経ったんだよ──。


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 亡くなる直前の光景は目に焼きついていて、手帳にメモをしていました。

 だけど、昨年の春頃のページを読み返す勇気はまだないです。

 

「シリンジで口に水を含んであげて、間もなく息を引き取ったんだよ」

 

 ステファニーの命日、目に焼きついている最期の光景をボロボロ泣きながら母に話すと「あなたが死に水を取ってあげたんだね」と言われました。

 「死に水を取る」とは、水分を含んだ脱脂綿で亡くなった方の口を湿らせてあげるイメージですが……自力で水を飲めなくなっていたステファニーが少しでも喉を潤せた安心感に包まれて旅立てたのだとしたら、悲しいことに変わりないとしても彼女の「死」の瞬間に寄り添えることができたんじゃないかなと勝手ながら思っています。

 

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 1年間、毎日ステファニーの名前を呼んでいるんです。これはもう無意識に、呼んでいるというより歌うように名前を声に出しています。(猫好きあるあるかもしれませんが、あなたも創作した「我が家の猫の歌」を口ずさんではいませんか? メロディーはデタラメ)

 

 しかし亡くなった側からすると、毎日名前を呼ばれるってどうなんでしょうね……。

 あの世のシステムはわかりませんが、「ステファニーさんところのハナさんでしたっけ、またあなたを呼んでるみたいだけど」とあの世で猫課を仕切る主任猫が呆れているのではないかと妙な想像をふくらませてしまいます。ステファニーはステファニーで、「あいつめ……」って心の中で舌打ちしてそう〜。

 

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 こんな想像をできるくらいまでにはなったけれど、写真を見るとグワッと寂しさが込み上げてきます。他の家の猫の写真は「かわいいー!」「キャー!」なんて騒げるのに、自分のうちの猫の写真を目にしたときは0.5秒息が止まるんですよね。それから大きく深く鼻から息を吸い込まないと、悲しみと寂しさと愛しさの雪崩が起きて立っていられなくなってしまう。

 

 大好きだよ。変わらず大好きだからね。

 それだけは言い続けたいよ。ステファニーの胸に耳をしっつけて聴いた、コトコト鳴る心臓の音は忘れないから。言葉は交わせなかったけれど、同じ命を生きていたのは確かだったんだもの。

 

 また来年。よかったら一緒に桜を見よう。夢の中でいいよ。一緒に見たいな。鶏のササミを用意していくから、ね?