みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

『夢に迷って、タクシーを呼んだ』/燃え殻

 

 昨年出版された燃え殻さんの著書『すべて忘れてしまうから』。それに続くエッセイ集『夢に迷って、タクシーを呼んだ』が先月発売され、ようやく目を通すことができた。

 

夢に迷って、タクシーを呼んだ

夢に迷って、タクシーを呼んだ

  • 作者:燃え殻
  • 発売日: 2021/03/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 燃え殻さんの綴る文章を読むと落ち着く。

 喜怒哀楽、極端に偏らない。冷静で淡々としていて。だからといって日々を冷めた目で見つめているわけでも、世の中を突き放したような目で眺めているわけでもない。語られているその時々の場面では、必死に生きていたはずだから。

 

 「何気ない日常」が本当に「何気ない日常」でしかなかったら、余韻には浸れない。「何気ない日常」の中から幻のように散ってしまいそうな現実を、自分の記憶からも掬い上げてもらえた気がするから泣きたくなる。

 不確かで改ざんされていくのが「記憶」の前提にあるとしても。

 

 トイレに行くふりをして会場からフェードアウトしたり、勢いで約束をしたあとで断る理由を探したり。私もそういうタイプだから、信頼を得ない。そもそも信頼するされるの関係性を築くのを恐れている……。

 人は自分に愛想を尽かして去っていき、愛想を尽かされた顔を見る前にこちらから去るときもある。器用に立ち回れない日々に隠されていた相手の優しさや浮かべていた悲しげな表情にふと気づかされた瞬間、あの「何気ない日常」は「二度と戻ってこない日常」なのだと嗚咽をもらす。

 そんな日々を繰り返してきた。

 

 日常生活は、基本的に大事件は起こらない。盛大なオチとも無縁だ。だからといって、日常がつまらないわけではない。過去に逮捕歴はない。過去に何かの受賞歴もない。でも過去がつまらなかったわけじゃない。僕たちの人生は、なぜか忘れられなかった小さな思い出の集合体でできている。

(P4 「はじめに」より引用)

 

 燃え殻さんの持つ思い出が自分の持つ思い出のどこかに繋がって、長尾謙一郎さんの幻想的な挿絵が残像として記憶の一部に取り込まれていく。

 明日には忘れてしまっていても、読み返すたびに記憶は呼び起こされるんだろう。

 確かにあったのだから、かつての日常は。