みちてる、みちてた。

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私の本棚、母の自転車。


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 *目次*

 

私の本棚

 昨年の2月、私は本棚を処分した。

 処分したくてしたわけではない。物理的な問題でどうにかせざるを得なかったのだ。つまり我が家は狭い。

 

 本来なら手放したくはなかった。今の場所に引っ越してくるとき、わざわざ前の家から納戸に眠っていたのを呼び覚まし持ち運んできたものだ。運んできたはいいものの置く場所に困り、私と母が寝起きする和室の開き戸の裏にできたスペースへ強引に配置した。

 本棚によって戸を全開にすることは不可能な状態、つまりは半開きの戸の隙間に身体をねじ込んで部屋に入るスタイルを長年貫いてきたわけだ。(「大改造!!劇的ビフォーアフター」で見られる光景が参考になるかと思われる)

 

 読書は唯一とも言える私の趣味である。だから「MY本棚」を持て喜びは大きかった。本の背表紙をじっくり眺めようものなら突然家族の誰かに戸を開けられたが最後、本棚と戸の間に挟まれ負傷するおそれがある。そんなわけでなかなかうっとり愛でる時間は持てなかったが、それでも嬉しかった。

 幾度と自分を支えてきてくれた本が、「MY本棚」に収納されている。私を形成してくれた小説やエッセイが詰まった本棚は、15年間私の生活を見守ってくれていた。

 

 昨年の3月には母が入院した。

 入院はその前年、一昨年の12月の時点で決まっていたものだ。年が明けてから新型コロナウイルスが流行するとは予想だにしていなかったものの、幸い母の入院時期に変更はなかった。

 

 普段は畳の上に布団を敷いて寝ていた母だが、退院後は起き上がりがしやすいベッドが必要になる。事前にわかっていたので少しずつ部屋の片づけを進め、さて大きな荷物はどうしようかという段階に話が及んだ頃合で。

 

「ねえ、あの本棚って邪魔になってるでしょ。処分したほうがいいよね……?」

 

 本心と相反する提案を私は口にした。ベッドを搬入するとなれば、どのみち本棚をどかさなければならない。どかしたところで、他に移動させられる空間がなかった。このとき小さなタンスの処分を決めていたので、ついでに本棚も処分した方がいいのではないかと頭では考えていたのだが、気持ちまで傾いていたわけではない。

 

 私の提案に母が、「そうだね」くらいの軽い相づちを打ったのか「処分した方がいいね」と具体的な言葉で賛同したのだったかは覚えていない。

 ただ本棚の本を百均で買ってきた収納BOXに移しながら、「この気持ち、母にはわかるまいな」と胸中で涙ながらに恨み節をつぶやいていたのは覚えている。いや、恨み節って言いぐさはないわ(笑)自分から処分したほうがいいって言い出したんだから。本棚とお別れする重みを誰とも分かち合えないのが、悔しかっただけなのだ。寂しかっただけなのだ。

 

 しかし母の足元の安全を確保することの方が大切なのは、言うまでもなかった。

 そして3月に母は無事に2週間の入院生活を終えて、我が家に帰ってきた。本棚がどいた分、引き戸を全開にできた部屋の中にベッドを搬入することもできた。

 いつの日かまた「MY本棚」を持ちたいが、最近は収納BOXに入れていた方が埃が被らなくていいのでは……と気づいてしまった私である。

 

 

母の自転車

 今年の3月、母は自転車を処分した。

 出かけるときは自転車移動が常だった母だが、数年前に膝を悪くしたのをきっかけに、現在は歩くときに杖を使用している。

 

 昨年入院して以降、自転車には乗れなくなってしまった。「絶対に乗れない」とか「乗るのは禁止」と医師から言われているわけではないのだが、膝が悪くなる前のように乗りこなすのは難しいに違いない。万が一ふらついてしまったときのことを考えると、私もヒヤヒヤする。

 

 再び自転車に乗れるようになるのを目標に、筋力をつけるためのウォーキングに励んでいた母。

 徒歩だと歩く範囲は限られるし、コースもお決まりの道になってしまう。気分転換に遠出をさせてあげたくても、コロナ禍の現在はそうもいかない。私が免許を取得していないゆえ、残念ながらドライブの道も絶たれている。

 同じ景色の中にばかりいちゃ気落ちするんじゃないかしら……と懸念しつつ、私は私で自身の問題に気落ちしているものだから日々何の役にも立てない罪悪感でいっぱい──なんて悶々としている間に気づいたら寝落ちしているポンコツなのだ。

 

 そして今年。「自転車処分しようかな」と母が言い出した。「しようかな」の部分に、若干の未練が感じ取れる。

 母は体力には自信がある人なのだと思い込んできた。しかし、かなり無理を通してきた事実を私は最近知ったばかりだ。とはいえ、母自身もここ数年の急激な体力低下にショックを受けているはず。

 

 かくして3月に自転車は処分された。

 これまで母のママチャリを追って私が自転車を漕いできた時間を換算すると、どれくらいの長さになるのか。買い物へ行くのも月一ふたりでこっそり回転寿司へ行くのも、自転車が必須だった。

 私が心から本棚を処分したかったわけではないように、お母さんも複雑な胸中だったよね……。

 

 いつかは持ち物すべてを処分したい。私も母も、死ぬときには何も残していたくない派という点では同士である。でも、処分するってそんな簡単なことではないんだね。魔法でパッと消せるならまだしも、粗大ゴミに出す手続きとかリサイクルへ出すにもタイミングに迷ったり。躊躇と手間、最後には意志が必要なのだ。

 

 その後、再び自転車に乗れるようになるのは難しいと判断した母は「三輪車なら安心して乗れるんじゃないか」と口にし始めた。

 

「ほら、ときどき三輪車に乗ってるおばあさんいるでしょ」「三輪車なら──」「三輪車だったら──」「三輪車って──」

 

 先月くらいだったか、突然母の口から頻繁に「三輪車」が飛び出し始めたのである。

 ふむ。確かに三輪車なら安定しているから、ふらつく心配はないけどねえ。三輪車が売ってるのってあんまし見かけたことないからなあ。どんな仕様なのかちょっくら検索してみようかね──。

 

 この検索以降、「三輪車」の話題はパタリと出なくなった。だって、たたたた、高かったのだ。価格が想像以上に高かったのだ。いや、お手軽価格のものもあるかもしれないが、本当に母が三輪車なら乗れる確証がそもそもない。ギャンブルじゃないんだから一か八かの勝負は、ここでするものではなかろう。

 

 私たち、堅実に生きていきませう。

 

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