みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

日常、非日常。


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 電車に乗るのは、病院(難病外来)へ行くときくらいだ。

 閉じこもっている私を外へ連れ出すきっかけを作ってくれているのが病気だなんて笑えないけれど、受診する機会を奪われたら靴を履くタイミングを失ってしまう気がしてならない。今日も深く実感していた。

 

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 予約日の前夜は憂鬱でたまらない。どうにか明後日にワープできないか、と想像して無駄にあがく。

「あっ、寝過ぎた!!」と今朝は目覚めの開口一番、大声を出しながらゾッとした。時計を見ればアラームよりも早く目覚めている。大体いつもそうなのだ。働いていたときもセットした時間より早く起きているのに、寝坊したと勘違いした脳で1日がスタートしていたのを思い出す。

 

 玄関の外へ一歩出てしまえば覚悟が決まって、自然と足は前に進む。朝の日差しを浴びて「そうか、朝の空気ってこんなに気持ちよかったのか♪」と心の声がミュージカル調で弾んでいたりする単純さは、長所と言うべきか短所と言うべきか悩ましい。

 

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 病院までの道のりは、思い出をたどる道のりでもある。

 まずはじめに、かつて恋人と一度だけ入ったラブホテルの前を通る。初っぱなからたどる思い出が色濃いだろ、と突っ込まざるを得ない。

 

 ちょっと気味が悪いホテルだった。どれくらい気味が悪いかって、入口前で「イヤだ……」と率直に声に出して引いたくらいの気味悪さだった。

 部屋に入ると案の定、気味が悪かった。所々色が剥げた淡い桃色をしたユニコーンの置物と決して扉を開けたくはないクローゼットが、狭い部屋に鎮座していた。

 しかし、気味が悪いホテル──と名付けていたあのホテルの前を通って思い出すのは、恋人と肌を寄せ合った時間ではなく一緒にテレビを観た時間だ。MステのSPをふたりで観ていた。家族以外の人とテレビを観て過ごす夜。こんな夜が私の日常におとずれている、非日常感。とても優しい時間だった。愛おしい時間だった。

 

 2ヶ月に一度は必ずこのラブホテルの前を通り、「気味が悪い……」と胸の中でつぶやきつつ泣きそうになっている。

 

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 乗った電車が停車するのは、連日友達と落ち合った駅であり、恋人と待ち合わせた駅であり、学校の最寄り駅であり、いちいち記憶に引っかかる。

 

 何にも属していない現在の私には、遠い遠い非日常になってしまった。

 新型コロナの影響で外出自粛になった現在を非日常と受け止める人々に紛れて、電車の窓から見る流れる景色に私は非日常を感じ取る。新鮮であり、どこか懐かしい。

 

 もしも恋人といた時期や友達と遊び歩いていた時期に新型コロナが蔓延していたらって考えると……私、我慢できなかったかもしれない。文字や声のやりとりだけじゃ、耐えられなかったんじゃないかな。

 対人不安が強いのに矛盾しているように思われるかもしれないけれど、それだけ魅力的な人とも出会ってきた。2ヶ月に一度、深く実感する。嫌な思い出にばかりとらわれているのが、現在の私の日常なのだと。

 

 再来月。また同じ道のりをたどる。夏の出来事を振り返りながらたどる。

 だけど思い出を、そろそろ更新してはどうですか。