みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

猫は幻みたいな触り心地。

 1年3ヶ月ぶりに猫を撫でた。

 こんなに長い期間猫を撫でずに過ごしてきたなんて嘘みたい……な反面、1年以上前の日々など今となっては「パラレルワールド」だったのではないかと疑いたくなるほど現実味があやふやである。

 

*****

 

 昨年の4月に亡くなった愛猫は、お寺の合同供養塔の下に眠っている。行かなきゃ、ステファニーに手を合わせに行かなきゃとはずっと思っていた。お盆やお彼岸に読経の依頼はしていたものの、現地へは四十九日以来足を運んでいなかった。(ごめんね、薄情な飼い主だとそちらで罵ってください)

 

 お寺へは、ステファニーに会いたくなったときにふらっと行きたい。

 そんなつもりでいたけれど「ふらっと」がなかなか叶わなかった。それでも今年の命日には!も叶わなかった。というか、叶えていないんだよね、自分が。

 

 今となっては「パラレルワールド」だったのではないか……とか、確かに疑いたくなるような月日の流れ方ではあったよ。

 けれど厳密に言えばこうなのだ。ステファニーと一緒に過ごした時間は特別意識する必要もないくらい当たり前の日常だったから、輪郭が曖昧でも気配や空気感を思い出せる。

 しかし亡くなった日の朝の光景は曖昧になどなりようがないほど鮮明に焼き付いているから、私の頭の中で当たり前の日常が突然最期のステファニーの姿に切り替わってしまっているんだと思う。編集の継ぎ目が粗い映像を見ているかのように。

 

 もしかしたら彼女のことを書くたびに、月日の感じ方も異なる表現をしているかもしれない。「昨日の今頃は生きていた」が「今年の春まで生きていた」になり「1年3ヶ月前には生きていた」になっていくような。

 事実は変わらないまま、こちらの胸の内はぐるんぐるん目まぐるしく渦を巻いている。

 もうひとつだけ1年3ヶ月前と変わらないことがあるとすれば、他のお宅の猫の写真はいくらでも頬を緩めながら見ていられるのにステファニーの写真を目にするといくらでも涙がこみ上げてくること。

 

 会いに行くのが今頃になっちゃってごめんね。

 忘れてなんかいないよ。

 今でも毎日我が家で話題になってるのよ、あなた。

 昨日も岩合さんのねこ歩き観ながら「あ、ステファニーだったらここで本気噛みしてくるところよね」って話してたんだから。

 ありがとう。

 あなたの話で家の中に明かりが灯る。

 ありがとうね。

 ホント、ありがとう。

 

*****

 

 お寺の合同供養塔の前に花と線香を添えたあと、休憩所で一休みさせてもらった。

 そこで見つけた首輪を付けた小柄な黒猫。椅子に敷かれた座布団の上に、リラックスモードで横になり眠っていた。お寺で飼われている猫らしい。

 

 この1年3ヶ月、散歩中に野良猫を見かけた際は(最近はあまり見かけなくなったあ)「あらー♡」とニコニコ近づいては行っていたものの、全猫に逃げられ避けられ警戒されの日々だった。ゆえに無防備な姿で眠る猫を目の前にして、逆にどう接すればいいのかわからずドギマギしてしまった。

 

 びっくりさせてはいけない、と忍び足で距離を縮めそっと黒猫の横に腰かけた。撫でてもいいですか? と一応心の中で問いかけてから、指先でおでこを触れてみる。撫でるというより、さらっと触れただけで喉をゴロゴロ鳴らし始めた。初対面なのに喉や耳の裏を撫でさせてくれる。気持ちよさそうに目を細め、撫でる手を止めると再び眠りの中へ戻っていった。

 

 1年3ヶ月ぶり。猫を撫でたのは。もちろん私が最後に撫でた猫はステファニーだ。

 14年間、毎日毎日触れていた。柔らかくてふわふわしていて。撫でたあとでもう一度撫でたくなるのは、幻みたいに思えてくるから。あの繊細な触り心地。手を離した瞬間、幻みたいだったなってさびしくなる。

 今日撫でさせてもらった黒猫も、わたあめみたいに溶けてしまいそうな毛並みをしていた。

 

 隣に座らせてくれてありがとう。

 幻みたいな触り心地だけど、幻ではなかった。

 またきみに会えたら嬉しい。

 今日はどうもありがとうね。

 

*****

 

 愛猫の死、父親の死について書きかけの下書きがある。正確に言えば、死の直前に自分が何を考えていたのかについて。

 いつか続きを書き足せるだろうか。

 

✽愛猫(ステファニー)関連の記事⬇

yoshi-mi.hatenablog.com

 

***** 

 

 ……どうでもいい余談ではありますが、本日お寺へ向かう途中に案の定道に迷いました。(公共交通機関を使って行くのがはじめてだったのです)


 地図を持ちながら目的地とは逆方向へ突っ走り、GPSで現在地と目的地を表示するも方角がちんぷんかんぷんで、経路表示をさせてようやく自分がどこを歩いているのか理解した次第です。(自力でたどり着きたい頑固さがいけない)

 以上、余談の方向音痴報告でした。

 

✽方向音痴関連の記事⬇

yoshi-mi.hatenablog.com