みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

眠れない夜の声。〜病室編〜

 眠れない夜を思い出す。

 入院していた時期のこと。あれはちょうど昼の検温時、看護師に下血を打ち明けた日の夜だった。その後で主治医に「絶対安静」を言い渡され、私の身体はどうなっちゃうんだろう……と不安で不安で目を閉じれなかったのだ。

 

✽入院中に下血した詳しい話はコチラ⬇

 

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 

 世はゴールデンウィーク中だったため看護師の数が平日より少なく、同じ病室の患者は外泊許可を得て自宅に戻っている人が多かった。

 6人部屋に残っていたのは、窓側のベッドにいる私と空きのベッドをひとつ挟んだ向こう側(廊下側)のベッドを使用している70〜80代くらいのおばあさんの2人だけだった。

 

*****

 

 寝つきが悪い患者は希望すれば消灯時間前に睡眠導入剤を渡してもらえるため、私もよく服用していた。この夜も飲んでいたのかな。それとも水分の摂取も止められていたんだっけ。

 どちらにしても日中の出来事を思い返し不安と絶望感に苛まれていたその夜は、何度か便意(正確に言えば下血)に悩ませれベッド脇に置かれたポータブルトイレを使用した。

 

 身体に装着していた機械を通して心電図と酸素濃度の情報がナースステーションへ届くため、数値に変化があろうものなら懐中電灯を持った看護師が飛んでやって来る。私がトイレに腰かけたり力んだりするだけで、数値が動くのだろう。ナースボタンで下血の報告をするまでもなく、パーテーション裏には看護師のシルエットが浮かんでいる。スタンバッてくれているのが、ありがたいやら申し訳ないやら恥ずかしいやら。

 「すみません、終わりました……」とパーテーション裏にいる看護師に声をかけるなり、「血圧計らせてくださいね」と素早く腕に血圧計を巻きつけ数値を確認し終えると「大丈夫みたいですね」と去っていく。

 この夜は、3〜4回看護師を自分の元へ出動させてしまった。

 

 出血を繰り返しているためか頭がもわ〜んとはするものの、眠気は訪れない。瞼を閉じたり開いたりしながら、腕から鎖骨付近に針を付け替えられた中心静脈栄養の点滴袋を力ない目で見上げていた時分だった。

 

「看護師さん、お願いします……」

 

 消え入りそうな声が聞こえてくる。声の震え方で、廊下側のベッドにいるおばあさんが言っているのだとすぐにわかった。

 

「看護師さん、お願いします……」

 

 おばあさんがもう一度同じ文言をつぶやく。か細く震える声で、看護師を呼んでいるのか単なるうわ言なのか。

 思い返せば、このおばあさんは朝も昼も消灯前の夜も「看護師さん、お願いします」を独り言のように口にしている人だった。おばあさんが何を看護師にお願いしているのかといえば、オムツ交換である。肌に合わないのか不快な感触があるのか、「(交換を)お願いします」と常に頼んでいた。

 しかし概ね「○○さん、オムツまだ大丈夫みたいですよ」と中身を確認した看護師に言われ、「そうですか」と納得したのかしていないのか判別できない声音で返事をしてしばらくは静かになる。が、気づくと「看護師さん、お願いします」が空調や廊下の足音などの隙間から耳に届くのだった。

 

 2人きりの病室。

 私だけが聞いているおばあさんの声。

 どんな病気で入院しているのか、いつから入院しているのか、意識がはっきりあるのか朦朧としているのか。細かな情報は何もわからない。わからないけれど、何かを訴えたいのだとはわかる。身体の不快感とは限らないのかもしれない。本当は「私の身体はどうなっちゃうんだろう」と肩を揺すって誰かに尋ね歩きたいのかもしれない。

 

 もう一度おばあさんの声が聞こえてきたら──。

 

 ゆっくり上半身だけを起こし、ジッと耳を澄ませてみた。すると「看護師さん……」の声が再び耳に届いたため、私はベッドから降りてポータブルトイレに腰かけた。間もなくこちらに向かってくる看護師の足音が聞こえてくる。心臓がバクバクしていた。自分の元までやって来てくれた看護師に、「あちらのおばあさんも看護師さんを呼んでいるみたいでしたよ」と余談のように主題を伝えるのは、コミュニケーション能力に欠ける自分には高技術すぎてバクバクドキドキがおさまらなかった。頭が真っ白になったためか、この夜はここで記憶がプツンと途切れている。

 

*****

 

 「絶対安静」になった当日は気分が落ちるところまで落ちたが、翌日からは自分を励ますことに集中していた。

 いつしかゴールデンウィークは明け病室に患者が戻り、新たに入院する人や退院する人、部屋を移動する人などで病棟全体の空気は入れ替わっていった。廊下側にいたおばあさんも、気づけば部屋を移動していた。私は私で「絶対安静」が解除されるやいなや鬱状態に襲われた。

 

 周りの環境は日々変化していくのに、自分の置かれた状況は一向に変化しない。改善されているのか悪化しているのかさえ把握できないモヤモヤを持つのは、私の正面のベッドに移ってきた患者も同じようだった。年下の彼女は救急でやって来てそのまま入院が決まったらしく、あるときふと私に言ったのである。

 

「あそこにいたおばあさんって亡くなったんだよ」

 

 一瞬意味がわからなかった。どのおばあさんのことを言っているのか。というか、それ以前にびっくりした。病室で「死」について触れるのはタブーなのでは……と思っていたからドキッとした。

 どうも彼女の話を聞いていると、この病室の廊下側にいた“あの”おばあさんのことを言っているらしい。恐らく救急病棟で彼女は、おばあさんと入れ替わるように入院したのだろう。(あまり深く彼女の話を聞かなかったのは、病棟内の患者について謎に情報通なのがこわかったからだ)

 

 ショックはじわじわ胸に染み渡っていった。連日人の生死が深く関わる空間にいる自覚がなかったわけではない。ないけれども病院とは、回復へ向かう「希望」を持つ人が連日訪れる空間でもある。

 廊下側のベッドにいたあのおばあさん、消え入りそうな声で看護師を呼んでいたあのおばあさんは、どうだったのだろう。入院の経緯は知り得ないが、何かを訴えたい気持ちは少なからずあったのだろう。不快感であれ不満であれ何であれ、耳を傾けてほしい「希望」はあったはずだと思っている。勝手に思っている。今も思っているから忘れられない。

 

 声だけ知っているおばあさん。

 ジッと耳を澄ませた夜。

 2人きりだった夜。

 おばあさんは何を思っていたのだろう。

 私は何をしてあげたような気になって心臓をバクバクさせていたのだろう。

 

*****

 

 夜の病室はさびしい。大部屋にいても、看護師が見回りに来てくれても、宇宙でひとりきりになったみたいに心細い。眠れなければ尚更。病室からメールを送ったところで、返事が来ない時間帯。背中を擦っていてもらいたい。手を繋いでいてもらいたい。

 下血した日の夜は、まさにそんな心境だった。だからおばあさんの声もより一層切なく心に響いた。

 

 今夜も、誰かが何かを訴えたくて声をあげているかもしれない。宇宙でひとりきりになったみたいな心細さに泣いている人が。

 背中を擦ってあげられる人になりたい。手を繋いであげられる人になりたい。なりたいと思う気持ちに嘘はなくても、臆病になっていく。許せないことを「許せない」と言えない自分に殺されていく。

 

 これからの眠れない夜に、病室にいた21歳のころから増えた情報を取捨選択をしていかなければならない。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」