みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

もう死ぬしかない、なんてことはない。

 こんばんは。

 昨夜まで「もう死ぬしかない」と追いつめられていたのに、翌日には「こんばんは」を言えてしまうこの気の変わりよう。ねえ、どう思います?

 

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 なぜ「もう死ぬしかない」と追いつめられていたかといえば、現在抱えている問題を一つひとつ解決していったとしても「あ?」っていう「虚」の世界が延々と続いているだけとしか思えなかったからだ。

 

 脱ひきこもり(まずは事業所通いからスタート中)、母親の体調、家族それぞれの生活環境改善、金欠、大規模断捨離、日々の家事諸々……etc.➡これらは解決していきたい、または解決すべきことである。

 加えて、読書、勉強、散歩(の途中で写真を撮ったり、猫を見つけたり)、絵を描く……etc.➡これらは私が個人的にやりたいことである。

 

 解決したいことと個人的にやりたいことのどちらにも少しずつ手をつけていたものの、なんだろう。ちょっと疲れていたせいもある。一昨日の夜、ヤバイと感じた。

 火曜日のカウンセリングで心理士さんに話したい内容を考え紙に書き出していたら、「あ、これはアカンやつ。。。」って薄々自覚しているにもかかわらずマイナス面にしか目が向かなくなってしまったのだ。

 

 すべてを一気に解決しなければ破綻する、と焦り息苦しくなった。

 これまでに幾度と破綻スレスレの道を通ってきたけれど、今回ばかりは通過できずに家族もろとも穴へ落ちてしまうと思った。

 

 そして一番は、「すべてを解決したからって何なの?」と解決する意義やそのときに得られる達成感を想像できなかったのが大きい。

 「虚」で支配してくるのは、今目の前に転がっている問題たちではない。過去に解決しようと立ち上がって、膝から崩れていった無力感だ。

 この無力感は、学校でも会社でも挫折を繰り返す私自身が作り上げたものであり、こちらの給料や貯金をいくら借金返済に回しても金銭面にダラしない父親が作り上げたものでもある。

 

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 だけど、この文章を書いていて矛盾に気づいた。

 私自身が作り上げた無力感をどうにかしたくて、私はカウンセリングへ通っているのでは?

 立ち上がった足を無下にするのはやめにしたい。立ち上がるにしても、違う立ち上がり方がや進み方があるのだと思う。

 やっべえ、ホントにこの文章書いてて気づいた。書いてみるもんだぜ、まったく。

 

 父親が作り上げた無力感は……、ちょっとどうやって打破したらいいのかわかりません。

 一度も「ありがとう」をもらえなかった。一度くらい言ってほしかったな。稼ぐようになるまでは迷惑っていうか、父にとって私は厄介に見えたのかもしれないけど。

 

 でなくても、「お母さんにくらいは言えや!!」と諭す隙もなく急変して逝ってしまった。

 いや、諭す勇気なんてそもそもなかった。私が年収5億稼いでいたら強気に出られただろう。何度も書いた気するし、一度しか書いていない気もするけれど、私は父にそっくりな性格・気質なのだ。ゆえに突出している部分でもなければ、文句を言う勇気はなかった。一回だけすごく冷たい言葉を投げつけてしまった場面はあったよ。まあ、一回だけね。一回だけ……。

 

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 追いつめられているときって、どんな言葉も響かない。響かせたくない。なのに、誰か響かせてくれよ! ってこれまた矛盾したことを願っている。

 

 昨夜はいつもより多めに安定剤を飲んだ。

 結局薬に頼ってしまった。

 しかし頼ったおかげで響いた言葉があった。服用するのが遅かったら、きっと聞き流していた。

 ありがとう。

 

 そして、今日がとても楽しい日になった。

 ありがとう。

 本当にありがとう。

 

 極端に揺れ動く私は、懲りずに「もう死ぬしかない」と暗闇のなか布団をかぶり目を閉じるだろう。

 

 忘れないうちに書いておく。

 

 今日がとても楽しい日になったよ。

 ありがとう。