みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

父が持っていたゴッホの画集は謎のまま。

 

 父が亡くなったのは日付をまたぐ前の23時台だった。

 同日の昼には、代わる代わる病室に親戚が訪れていた。そのうちのひとりが、「あなたのお父さん、絵が好きだったわよね」と私の目を見て言ってきた。

 

 ──父が絵を?

 

 初耳だった。まったくの初耳で、どう返事をしたのかすら覚えていない。

 私にそう告げた親戚は認知症が進んでいたため、過去と現在が頭の中で交錯していたり自身の住所も紙に書き出せない状態になっていた。

 

 もしかして、私の父が絵を好きだったというのも誰かと勘違いしているのかしら。

 

 あのときはそう思うにとどまった。

 しかしいくら認知症を患っているとはいえ、勘違いするものなのだろうか。

 その親戚というのは、父の姉なのである。

 

*****

 

 それから私はふと思い出した。父が何箱もダンボールに積んでいた書籍を。

 

 かれこれ15年以上前に引っ越しをするさい整理したのだが、小説や歴史関連の文庫がひしめく中にゴッホの画集があったのである。

 

 なぜゆえ父がゴッホを! とあのときはびっくりした。他にも画集があったような気がするが、とにかくゴッホの名の威力が半端なかったために思い出せない。

 誰かから譲り受けたものであって、父が買ったものとも限らないし。だけど父が買ったものかもしれない……。

 

「あなたのお父さん、絵が好きだったわよね」

 

 父を父としてではなく、ひとりの成人男性として捉えてみたいという視点を得られたきっかけのひとつが、父の姉のあの一言だった。

 

 今ではもう知りようがない。父が若いころ何を思い耽っていたのか、本当はやりたいことがあったのに諦めざるを得ない境遇にあったのではないかとか、諸々を知りようがない。

 

 もし知りようがあったとしても、知らないままでいい。亡くなってから変に父を美化しようとしているから、知りえない面だってそりゃあっただろうさ、くらいでいいのだろう。

 この世に1日だけ父が戻ってきたとしたって、語り合わなくてもいいかなと思う。一緒に競馬場へ行くか、隣でパチンコ打ち立ち食いそば屋で腹を満たして「じゃあ」と別れよう。いずれ嫌でも、私だって父の側へ行く日が来るのだから。

 

*****

 

 相変わらずスローペースで大規模断捨離を続行している。

 先日自分の学校関連の書類(通知表など)を発見したさい、自身の自己紹介を記した紙も発見した。「将来の夢」の欄に「絵を書くこと」と記していた。

 

 そうだったのか。きみもそうだったのか。「描」の漢字を知らなかったころのきみも。

 

 時々描いているよ。

 


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 幼稚な絵だけど、描いているよ。