みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

これまでに読んだ小林エリコさんの書籍。


 小林エリコさんの存在を知ったのは、Eテレで平日の夜8時から放送されている「ハートネットTV」だった。

 過酷な労働環境からうつ病になり、自殺未遂をするほど追い詰められたり生活保護を受ける日々を送っていたこともある。

 そういった情報を放送から私は得たと記憶している。


 当時の私はすでにひきこもる生活を送っていたかまだ働いていたのかよく覚えていないが、小林さんの書籍を読んでみたくなり、『この地獄を生きるのだ』を手に取った。(手に取ったのは明らかにひきこもっている時期だった)





 小林さんがうつ病を発症する過程には、自分自身もうつ病の診断で心療内科へ通っているだけに、発症した当時を思い返して辛くなっのだけれど、それ以上に衝撃を受けたのは、クリニックや役所の対応だった。


 生活保護をすすめれた小林さんだが、その制度がどんなものかよくわかっていなかった。わからぬまま役所へ行き、説明を求めても書類を渡されるだけで思考が追いつかない。精神疾患の治療真っ只中であれば、尚更思考は鈍ると思う。まったく文字(文章)を読めない読む気にもなれない。

 そんな症状を私も経験したことがあるだけに、周りの景色だけがビュンビュン進んでいくにもかかわらず自分は一歩進めていない感覚に心細さを覚えたものだ。


 結果的に小林さんは生活保護を受けるが、ケースワーカーとの関わり方や「働きたい意思」があるにもかかわらずどう就活を始めたらいいか誰に相談すればいいのか、常に孤独の影がちらついている印象を受けた。

 クリニック、デイケアケースワーカー。人と関わる機会がないわけではない。だけども、何をどこから相談し現状を抜け出すきっかけを作ればいいのか……。


 私も最近までわからなかった。

 ようやく現在はB型事業所に辿り着いたが、未だによく福祉サービスの制度を理解できていない。

 なぜか私は自分が住む地域にある事業所しか選択肢はないのだとばかり思っていたら、他の利用者さんが近隣地域から通所していると知り驚いた。こんなふうに「え、そうなの!?」という制度や施設は結構あるものの、知り得るのはその界隈の輪の中に入った後だったりする。


 はたしてどうやって、小林エリコさんは当時の現状から抜け出せたのか。

 今が苦しい人にもかつて苦しかった人にも、『この地獄を生きるのだ』は読んでみてほしい一冊である。


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 小林さんが出版されている書籍は他にもあり、『家族、捨ててもいいですか?』も昨年読んだ。



 家族との関係や距離感に苦悩する姿が綴られている。

 父親に対して許せない思いを抱きながらも、父親と一緒に出かけた大切な思い出があることも確かだという複雑な心境に共感した。

 こちらもおすすめの一冊。


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 そして今回手に取った小林さんの作品は、『私たち、まだ人生を1回も生き切っていないのに』だ。



 これまでうつ病を患った話、自殺未遂をはかったときの話、家族との関係性など……厳しい環境を生き抜いてきた経験に目を通してきたが、本書は表紙から漂う雰囲気からしてこれまでの書籍とは異なっているのがわかる。


 切ないながら悲しみを引きずらない内容だった。生きづらさの渦中にいても、趣味の合う友達と楽しく会話した時間や異性に恋心を抱いた瞬間にはキラッと光るものがある。

 出会った人たちとたとえ疎遠になっていったとしても、同じ時を共有したことに変わりはない。不安や孤独がついてまわるからこそ消えたくなる夜があり、不安や孤独がついてまわるからこそ過去のキラッと光った一瞬が宝物に思えたりする。


 読めてよかった。


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 実は私、『私たち、まだ人生を1回も生き切っていないのに』は小林エリコさんご本人の手から購入した。というのも、昨年はじめて足を運んだ文学フリマ(東京)で「絶対に買う本リスト」に入れていたのだ。


yoshi-mi.hatenablog.com



 文学フリマが行われたのは、昨年11月。

 で、読んだのが先週。

 どうしてこんなにも読むまでに時間がかかったのか。言い訳めいた話を聞いてほしい。


 めちゃくちゃ緊張しながら足を運んだ文学フリマ。対人不安がある私は自分から話しかけるのが苦手ながらも、一言くらいは著者ご本人さんに話しかけた記憶がある。

 「今日はいい天気ですね」並にどうでもいい声のかけ方をしてしまったり、散々ではあったけれど自ら話しかけた。


 しかし、小林エリコさんにだけは話しかけることができなかった。

 「こちらを一冊いただきたいです」と告げたあと、すぐに小林さんが書籍にサインをしてくださった。しかもそのサインの横に、サラッと女の子のイラストを描き添えてくださり、私は話しかけるどころか彼女が持つペン先を凝視したまま立ち尽くしてしまったのだ。財布からお金を出す手を止めてまで見入っていたものだから、小林さんから価格を教えられ慌ててお札を引き抜いた。


 あれから何度も表紙をめくりサインとイラストは眺めるものの、読むまでには至れなかった。

 すでに文学フリマの光景全体は、ぼんやりとしか覚えていない。幻みたいだった。

 なのに、小林エリコさんがペンを走らせている時間と書籍の価格を教えてもらったときにばっちり目が合った瞬間の映像は鮮明に残っている。すごく鮮明に。あの会場が幻ではなかったことも教えてくれたような気がした。


 それで、読むのが惜しくなってしまったわけなのだ。

 理由になっているだろうか。笑

 たけど「読むのが惜しい」感覚を味わった経験がある人って多いのでは。


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 語っているうちに、3月に突入していた。

 コロナも「陰性」が証明されたので、今月から再び事業所への通所に精を出そうと思います!