みちてる、みちてた。

ここにいるのにここがどこだかわからなくなるから、書き留めています。Twitter→(@yoshi_mi24)

「ものづくり」との縁が、ここで巡ってくるとは思わなかった。


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 ブログ内に時折、自分で描いた絵をアップしていた。

 最近インスタグラムを始めたため、絵はそちらにアップするようにしている。

https://www.instagram.com/yoshi_mi24

 

 集中する時間が気持ちいい。

 しかし、「自分の時間」を確保することに罪悪感があった。以前から、ずっとずっとあった。

 ボーッとしている方が周りに対して不甲斐ない思いを募らせてしまうように感じがちだけれど、好きなことをやっているときの方が実はとても罪深い気分になる癖が私にはあった。

 

 何も考えていないわけじゃない。

 頭の中は常にぐるぐる「不安」「焦り」「劣等感」「家計」「生きていけるのか」が高速回転していた。

 

*****

 

「悩みがなさそうでいいわね」

 

 幾度か母親から言われたことがある。主にあれは高校時代だったかな。

 私が猫の話ばかりしていたとき、お笑いを観てゲラゲラ笑っていたとき。

 どれだけ高校から逃げたいと思っていたか。いつどこでどうやって死のうと考えていたか。母は知らない。いや、知らなくて当然。話したことがないのだから。

 

 悩みがない人なんているわけないじゃない。

 

 今なら言い返せるかもしれない。「かも」ってところが、まだなんか振り切れていない感を漂わせるけれど。笑

 

 逸したかったんだよ。

 空気を変えたかったんだよ。

 楽しい話に流れを持っていきたかったんだよ。

 私も大概家の中に不穏な空気を持ち込んだ当事者ではあるものの、お金の問題が絶えず母のため息を聞くたびにズキンと胸にヒビが入った。父は何を考えていたのか謎人間。私は私で高校もバイトも行くたびに、コンプレックスが肥大していた。

 

 わかるんだ。

 いや、「わかる」なんて安易に使える言葉ではないね。

 家族一人ひとりの気持ちなら、ぼんやり受け止められる。ただしそれは「現在」ならの話。当時はひっちゃかめっちゃかで、一人ひとりの気持ちなんてわかりたいとも思わなかった。

 

*****

 

 実は最近、刺繍を始めた。

 まさかの裁縫である。この手先が不器用な自分が、針と糸を手に染めたのだ。(染めた、って。笑)

 

 小学校の家庭科の授業で、裁縫の時間に先生から怒られた経験がある記事を書いたことがある。

 

※こちら⬇

yoshi-mi.hatenablog.com

 

 

 だけど中学時代にあるきっかけで編み物を教えてもらい、延々と編んでいられる! と思うほどの楽しさと快感を得たあの感触が忘れられずにいた。

 だからまたいつか編み物をしたい願望を抱え続けていたものの、気づけば36歳。

 

 辛うじてまだ35歳だった今年1月下旬。

 ハンドメイド系の動画を閲覧していて、急に「刺繍をやってみたい!」と思い立った。

 編み物も魅力的だったが、布に針を刺し糸をスッと引くときの音が心地よく聞こえ「これをしたい!」とひどく気持ちを掻き立てられた。

 とりあえず勢いに任せ、セリアで枠や刺繍針&糸と無地の布を購入した。

 

 2月に家族そろって新型コロナに感染する事態に追い込まれ、2月のスケジュール崩壊に落胆するあまり刺繍セットを放置していたが、やっと最近開封し初心者向け動画を参考に縫い始めた。

 

 とても易しい説明でわかりやすいと高評価の動画でも、私の頭には「???」がたくさん浮かぶ。

 何度も一時停止を押し、「え?」「なんだって?」「どーゆーこと!?」とひとりぶつぶつ言いながら、再生速度を落し練習している。

 

 楽しい。とても楽しい。

 次第に、「集中できる自分にとって楽しい時間」を確保するのに罪悪感を抱かなくなった。

 

 それと昔から、好きなことをやっている姿を見られるのに恥ずかしさもあった。

 私の世界を鼻で笑われているようで。自意識過剰なのだろう。頭では理解していても存在そのものに自信がないから、どうしようもなかった。

 

 でも、もういい。

 楽しいものは楽しい。

 絵はパルテルの色に癒やされる。

 刺繍はいつか自分で図案を考えてみたいとわくわくする。

 

 それでいい。

 同じような悩みを抱えている人がいたら、「それでいいんだよ」っていつか自分自身に言えるようになれたらいいよね、と笑いかけたい。