みちてる、みちてた。

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続・大規模断捨離への道〜後編〜

 

 またしても時が流れてしまった。

 大規模断捨離の再開を前回記したのは、7月19日。しかもタイトルに「前編」とか余計な文句を入れたがために、今回は「後編」と記すに至ったが、当然「最終回」にはほど遠い進捗状況である。

 

✽✽✽✽✽

 

 まずひとつクリアした点。

 それは前回にも記した、食器類の処分だ。

 CMでも流れている業者に依頼し、先月の最終週に買取をしていただいた。

 「当社では食器以外にもこういったものも取り扱っておりますで、わたくしが食器の査定をしている間に他にも買い取り希望のものがおうちにありましたら査定致しますよ」

 の一言に、母と私は動いた。

 

 確かあそこにあれがこれが、と買取してもらえそうな品を宝探しのごとく探し始めたのである。

 結局私が思いつくものはテレフォンカードしかなかったが、母が取り出してきたのはなんとアクセサリー類だった。

 反射的に「えっ!」と心の内で驚いてしまったのは、我が家にそんなお宝あったの!?という意ではなく、「いやいや母さん、それは大事なものやんか!」の意だった。

 

 「ずっとどうやって処分しようか悩んでて……」

 

 そう言いながら取り出してきた母だったが、目には涙を浮かべていた。

 

 母にとって大事な存在、もう10年以上前に亡くなったお姉さん(私からすれば伯母さんにあたる)が母にプレゼントしたもの。アクセサリーを身につける習慣のない母は、常に巾着袋に入れて保管していた。

 確かに処分に困る代物ではある。しかしこの場の雰囲気のノリに押されるかのごとく買取依頼いしちゃっていいのかしら……と不安になったが、母の気持ちはわからなくもない。

 いろいろ取り出しては来たが「これだけは売りたくない」という指輪だけを残し、それ以外は業者へ買取をお願いした。

 

 「こうやって処分していかなきゃいけないのよね」

 

 ぼそっとつぶやく母。

 そうなのだ。こうやって処分していかなければいけないのだ、いずれはどうしたって。

 

 結果、食器類に関しては数千円の価値しかつかなかったが、母のアクセサリーが「0」の数を増やしてくれたのであった。

 

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 で、今頃思い出したのだけど、前回の記事はタンスの中を確認している最中で手が止まってしまった……という意味深な一文を残してピリオドを打っている。その続きから記すべきだろ、との突っ込みを入れるほど読んでくれている人がいらっしゃるのか謎だが話を続ける。

 

 なぜ手が止まってしまったのか。

 理由は着物だった。

 

 何着か出てきた着物は、母・父方の祖母・母方の祖母のもの。

 中には母が成人式の際に着たという着物があり、私が二十歳の記念に写真を撮るときに「着ない?」と言ってくれたらしいのだが、当時の私は何を考えていたのかまだ現役の反抗期だったのか、「着たくない」と答えたらしい。

 お、覚えていない。こういう都合の悪い記憶を人間は忘却していくのだ、きっと。

 

 今眺めれば、品のある素晴らしい柄の着物だと感じる。

 しかし当時の私には、その良さがわからなかったのだろう。

 何かを変えたかった。自分の印象、イメージ。そういったものを一蹴させるような。だから、着るなら「赤い着物」がいいと思っていた。そして実際、赤い着物をレンタルして成人式には出ず記念写真だけを撮った。

 

 あのとき母になんてひどいことを言ってしまったのだろう、と着物を広げながら罪悪感を覚えた。「着ない」ではなく「着たくない」と意思を込めた言い方も憎たらしい。

 

 ただし、母の某エピソードを聞いたとき、やはり私たちは親子なんだなと笑ってしまった。

 

 田舎から嫁ぐために上京してきた母は、決意を込めて結婚披露宴で「赤いドレス」を着たのだそうだ。結婚したからには離婚はしない。どんなことがあってもめげない。そういう意味を込めた「赤」だったという。

 

 同じだ。私も母と同じ意志を「赤」に込めたかった。

 実際に母はその意志を貫いたけれど、娘は強くなれなかった。そこにまた不甲斐なさが生じてくる。未だに迷路を彷徨い生きているのだ。

 

 それにしても、「赤」は己の情熱を投影させたくなる色なのかもしれない。何かと勝負時には、赤いものを身につけていると心強い気がするから不思議だ。

 ちなみに母も昔は私のようにおとなしい性格だったらしい。

 

 いろいろ考え、母が成人式に着た着物をもう二十歳から16年経過してしまった娘の私も着てみようと画策している。

 他の着物はある場所に寄贈するつもりだが、機会があればまた着物を着てみたいと思っていたし、母から受け継いだものを着て私も記念に残したい。

 記念に残せば、またものは増える。

 処分しなければならないのだ、いずれは。

 それでも、母の着物を着て写真を撮りたい。

 着付けや化粧はどうするか、どこで撮ってもらおうか。

 今のところ、単なる思いつきで何も決まっていない。

 着物姿で外をちょっとぶらぶらするのもいいよねえ、と空想ばかりが広がり片づけはほんのちょっとずつしか進まない我が家なのであった。