今週月曜日の出来事。
通っている福祉作業所で、耳栓orイヤーマフor音楽聴きながら作業しても大丈夫か訊いてみたい。でも、気になるのは雑音より会話だからそれって完全に遮断できないだろうなと思う。ちなみに昨日、作業室の会話と自分の存在に対する羞恥心からいたたまれず隣室へ逃げ込み号泣してしまいました…#不安障害
— 芳-hana- (@yoshi_mi24) 2022年8月16日
予兆があったのか、この日の朝方には「水曜日お休みさせてほしい」と職員さんに伝えていた。
今日が休みでよかった。脳は相変わらずザワザワ忙しなく働いているため、疲れはとれないでいる。心はちょっと平穏を取り戻せたかな。
近頃、浮き沈みが激しい。
それで実は、念願のグループホーム申込みを今回は先送りすることになった。
代わりにといったらおかしいけれど、心療内科のカウンセラーさんに話していた内容や精神疾患の書籍(愛着障害や発達性トラウマ障害など)を読み「この感覚は自分に似てる」と感じた箇所をメモしていたノートを地活の担当支援員さんに見ていただき、話も聞いていただいた。
そしたら次の受診の際、支援員さんも診察室に同席してくれるという展開になり、なんだかもう……どうしてこんなに現在恵まれた環境にいるのに、涙が止まらなくなったり過緊張になったりしてしまうんだろうと悲しくなる。
外へ出なければ心は平穏かもしれない。だけど、社会との接点を失うのは恐ろしい。人と話すのが嫌いなわけじゃない。言葉に詰まったりするから苦手なだけで、本来は好きなんだと思う。もっと人と触れ合いたいと思うのに、急に自分の存在を「恥」に感じる埋もれていたもうひとりの自分がひょっこり顔を出すから厄介なのだ。
もう赤裸々に話してしまおう。
親のメンツとか抜きに、主治医や支援員さんには話してしまおう。
いつか福祉作業所の職員さんには、手を握ってもいいですか?ってお願いしてみよう。「寂しい」って伝えてみよう。
私は今、周りにいるひとたちが好きだから。
伝えてみよう。